私はあまり友人が多い方ではない。
そしてその数少ない友人も、年に一度の年賀状でかろうじて近況を教え合うか、ごくごくたまーに電話で話をする程度の、静かな静かな間柄である。割とよく逢っているつもりだった友人が先日遊びに来た時も、実際には2年ぶりだった事に気づき愕然としたくらいだ。
面白いもので、性格というものは、別のキャラを演じている筈のゲームの中でも発揮されてしまう。
そう。私は仮想世界においても、やっぱり友達少ないのである。
藤山直美さん主演の「顔」という映画の中で
「友達って、おらなあかんの?」という名台詞がある。
冗談抜きで、私の座右の銘であります。
私が言うとなんとなーく情けないが、映画を観るとホントに名言だと思う。ちょっとハードな内容ですが、未見の方はゼヒ。
それはともかく、大規模なオンラインゲームやコミュニティのみならず、短い言葉や文章の中でさえその人格は顕れてしまうというのは、長年ネットの世界をウロウロしていて実感するトコロである。
もう5年近くもプレイしているオンラインゲームだが、最初の頃は、こんな私にもそこそこ知人が出来た。
最初に出来た知人は、行動的というか「押しの強い」人だった。
この人はいつもリーダーをしていて、また、とても知人の多い人であった。頻繁に対話をくれたし、また頻繁に誰かと話している様子でもあった。一緒にいると、沢山の人が手を振ったり挨拶をしてくるのだ。
おそらく、リアルの世界でもそうなんだろうなあ、と私はボンヤリ思っていたものだ。
しかし私は、彼を「友だち」と呼ぶのには少し抵抗があった。所詮ゲームの世界の人だから、ではない。
彼にとてもよく似たタイプの人を、現実によく知っていたからだ。
頼み事がある時だけ、電話をしてきた昔の友人。
無邪気で明るくて行動力があって憎めなくて、しかし遂に一度もこちらの気持ちも都合も考えてはくれなかった、昔の友人。
彼に頼まれ事をするたび、後味の悪い別れ方をした、昔の友人を思い出した。
「急ぎだから」と唐突に頼まれた装備品を生産しながら、心の狭い私は、「頼まれ事は、これきりにしよう」と決めた。
次の頼みをやんわり断った後、彼から二度と対話が来る事は、なかった。
それから少し経った頃だろうか、新しい知人が出来た。
彼の方は全く逆で、とても内気で静かな人だった。
何度か偶然冒険で一緒になったのだが、言葉数は少ないけれども、その少ない言葉と態度に誠実さと大人っぽさが感じられて、珍しく私の方から積極的にお願いして、フレンド登録してもらった人だ。
彼は恥ずかしそうに、私の事を「初めて出来た知人です」と言ってくれた。
老婆心ながら、彼はリアルの世界でも、友人の「数」は多い人ではないだろうな、と思う。
ある日、私のキャラが、とあるクエストで詰まった。
私のレベルでしかもソロで倒すには強すぎる敵を、どうしても倒さなければならなくなった。
こういう場合、リーダーになってパーティを作る必要があるのだが、なにせリーダー属性ゼロの私である。
ゲームに慣れた今でこそ仕方ない場合はする事もあるが、当時の私は、初心者の上、極端な引っ込み思案ちゃんであった。
自分の紹介文に「○○のクエストにどなたか入れて下さい;;」と書いてボーッと待つのが関の山だった。
私は彼にその事を話した覚えはないのだが、突然彼から対話が来た。
顔を合わせれば声をかけあうが、突然の対話とは彼にしては珍しい事だ。
「あるクエストで困っているので、良ければお手伝いして貰えないかな?」という。
あるクエストとは、まさに私が詰まっているクエストだった。
これぞ渡りに舟、である。お手伝いも何もこちらからお願いしたい事である。
ラッキー♪とばかりに指定された場所に行ってみると、なんと彼がリーダーだった。
私に負けず引っ込み思案な彼が、意を決して集めたのであろう高レベルな人たちが集結していて、
「やる時はやるんだなあ」と少なからず尊敬したのを覚えている。
彼の的確な采配で、クエストは難なくクリア出来た。
カンのいい方なら、お気付きでしょう。
彼は私を助けるためにパーティを作ってくれたのだ。私の紹介文をどこからか見て。
しかも私が気を使わないよう、配慮までして。
おめでたい私がやっとそれに気付いたのは、それからだいぶ経ってからである。
余談だが、「なりたい人より、させたい人」という名言は誰が云ったものだったか。
内輪揉めばかりしている日本のエライ人の世界を見ていると、この言葉を思い出す。
数年も経って、彼に尋ねた事がある。あの時、本当は私を助けてくれたんでしょう、と。
すると「そんな事があったかなあ。もう忘れました。」とサラリとかわされた。
私が知る限り、彼がリーダーをしていたのは、あの時一回だけだ。
内気な彼にとって決して楽ではなかったであろうあの出来事を、忘れているわけはないのに。
そうだった。彼はこういう人だった。
真のリーダー属性というのは、ひょっとして彼のような人が持っているのかもしれない。
私も彼も、長い期間プレイしている割には呑気なライトプレイヤーで、時々長い間インしなくなる事は、お互いよくあった。
しかし、彼が毎年楽しみにしていたイベントにも現れなかった時、確信した。
あ、もう、こないな。
はっきりそう思ったのは、私自身が、このゲームに疲れていたせいもある。
呑気なライトプレイヤーが遊ぶには、少々窮屈な世界に変わってしまっていた。
私と彼はなんとなく似ている所があったので、彼も同じように感じていたのだろう。
私は、その後四ヶ月の間このゲームを休止し、先日、結局舞い戻った。
五年近くもいた世界がやっぱり恋しくなったのと、周りがどうであれ、自分のペースでまったり遊べばいいやと、思い直したからである。
しかし、未練たらしい私と違い、彼は戻ってこなかった。
さもあろう。 彼と私は似てはいたが、こういう所が決定的に違う。
はっきりと見切りをつけた世界に、戻ってくる人とは思えなかった。
彼は、内気ではあったが、一度決めたら、潔く実行する人だったから。
これは彼がやめる少し前の話だが、もし良ければ自分の装備を作ってくれませんか、とメールが来た事がある。
知人になって実に四年も経ってから、初めての本当の「頼まれ事」だった。
彼と私は同じ職業を選んでいたし、彼の方が高レベルだったので少し不思議に思った。つまり、彼は私が作るよりいいものを、自分で作れる筈だからだ。
しかし、私は喜んで引き受けた。あれほど張り切って生産した事は、後にも先にも、ない。
作った物の中で一番良い出来だった鎧を渡すと、これはお礼です、と自作の鎧を私にくれた。
ほーら、やっぱり作れるんじゃないの。
「友だちが作った鎧を着たかったから。」まるで謝るように、彼は云った。
その時「交換」した鎧は、今も私の倉庫に大切に保管してある。もちろん、手放す事は、ないだろう。
おもに演出家で知られる久世光彦さんが書いた、「触れもせで」という本がある。
よくコンビを組んだ脚本家、向田邦子さんとの二十年を書いた随筆集である。
その中でも、やはりメインタイトル「触れもせで」の話が一番心に残っている。
(抜粋)
私は二十年の間に向田さんの体のどの部分にも、ただの一度も触った事がない。
(中略)何も私は邪気のない友情をひけらかしているわけではない。ただ、不思議だと思うのである。原稿の書き過ぎで向田さんが肩が凝ると言っても、私は気軽に揉んであげようという気になった事がない。その代わり、帰りしなに私の服にゴミがついてても、あの人は注意してくれるだけで、決して手を伸ばして取ってくれようとはしなかった。
(中略)だから、いったい向田さんが暖かい手をしていたのか冷たかったのか、やわらかだったのか骨張っていたのか、私は知らない。(中略)決して知る機会がなかったことを悔やんでいるわけではない。もし向田さんが今日まで生きていたにしても、私とあの人の手が触れ合うということはやっぱりなかったと思うのだ。
なぜだかはわからないが、私はこの話が大好きなのである。
もし、あなたのまわりに、長いこと親しくしているくせに、指一本触った事がない人がいたら、その人を大切にしなさい。
と、いう言葉で、この話は締め括られている。
この名文を書いた久世さんもまた、故人になってしまった。
この言葉もまた、私の座右の銘だ。
彼と私は、たまに他愛ない話をしたり、思い出したようにゲーム内のメールをやりとりしたりする程度で、端から見ればたいして仲よさそうにはみえない友人同士であっただろう。実際、長い付き合いのわりに一緒に冒険したのは、数えるほどである。
今まで「彼」と書いてきたが、お互いの年齢や性別が話題に上った事もないし、私も彼も尋ねた事はない。
彼のプレイしているメインキャラが男性キャラだったから、というだけだ。
彼の一人称は「私」だったし、女性だったとしても不思議はない。若い人だったとしても年配の方だったとしても不思議はない。
つまり、現実の「彼」について、私は殆ど何も知らない。
ただ一度、私が「大阪は今日は雨ですよ。」と云うと、
「大阪かあ。知り合って何年も経つのに、今初めて知りました、可笑しいですね。ちなみに東京も雨ですよ。」
と返ってきた事がある。
それが、お互いの現実の世界で知る、全てである。
しかし、人を助ける時に、「お手伝いして貰えないかな」という言葉を選んだ人だった。
現実の「彼」の、少なくともその一端を、私は知っていたような気がする。
東京のどこかの空の下、何か楽しい事と出会っているといいな。気の合う友だちと、笑っているといいな。
仮想世界の中に出来てしまった「歴史のようなモノ」をふと思い出して、現実の私は、少々感傷的になったりするのだ。
本日の一曲:「蕎麦屋」 中島みゆき
たったひとつだけ願いが叶うとしたら、何をお願いするだろうか。
才能だろうか。お金だろうか。
私の答えは、決まっている。
健康、である。
…と、こんな事を書くと、重い病で入院でもしてるのかと心配されそうであるが、別にそういう訳ではない。
確かに、子供の頃から身体は弱く、現在も少々メンドクサイ持病が、あるにはある。
しかし人よりほんの少し気をつけて、折り合いをつけて生活していれば、深刻な状況になることはあまりない。
まあ、なんだかんだと云いながら結構長生きしそうな、ちょっと鬱陶しいタイプであろう。
しかし、病気というのは、なんとなく心を孤独にさせるものではある。
大袈裟に云えば、自分だけが世界から取り残されているような、ポツーンとした気持ちになる。
「ああ、自分がいなくても世界は何も変わらずに回っていくのだなあ…」というような感じ。
そりゃ、自分がいなければ回らない世界だったらそれはそれで責任重大すぎて困るが。
元気な時はそんな事当たり前と思ってるのに、調子が悪くなると「ああ、自分が…」のループにハマったりする。
確かに我ながら鬱陶しいタイプだと思う。
実際、周りの人にしたって、身体が弱いというのは、やっぱり気を遣って下さるワケで。
気を遣わせたり迷惑かけたくないなあと思うあまり、人様との付き合いが悪くなったりする。
自分から人を避けておきながら、やっぱり寂しくなって「ああ、自分が…」のループにハマるのだから、もう本当に始末におえないのです。病気がどうのというより、性格に難があるのでしょうか。
命にかかわる程でもなし、私の持病など文字通り「少々メンドクサイ程度」のものであると思う。
それでもやっぱり、ひとつだけ、と言われたら、「健康」なのである。
ベットミドラー主演の、「Beaches」という映画がある。
私はこの人のファンで殆どの出演作を観たと思うが、おそらく一番ハマリ役の主演作ではないだろうか。
日本で知られているタイトルは「フォーエバーフレンズ」で、こっちだと「ああ、アレ!」と思い出す方は多いのかもしれない。(しかしこっちのタイトルだと確かに内容はわかりやすいのだが、ちょっと口に出すのが照れくさい。なんとかしてほしい。)
そのちょっと照れくさい題名が示すように、ズバリ、女の友情物語だ。
ちょっとガサツな性格の才能あるけど売れない歌手(もちろんこっちがベットミドラー)と、才色兼備で良家の令嬢で優秀な弁護士(こっちはバーバラハーシー)の、三十年に及ぶリアルな友情を描いたお話である。(ちなみにこの人物表現は私の勝手な主観ですが、性格も境遇も異なる二人の話と云う方が手っ取り早いですね)
確かに、泣きました。「Wind Beneath My Wings」が流れるアノ場面で、泣かない人がいようか。
しかし私がこの映画を思い出す時、それは「友」に思いを馳せている時ではなく、「健康」について考えている時なのだ。
(↓以下ネタバレ)
自分の身体が深刻な病に冒された事を知ったヒラリー(バーバラハーシー)は、娘の将来を親友に託したいと、ひとり決意する。
なかなか打ち解けない友と娘をなんとか仲良くさせようと、静養先の浜辺で、ある期間を共に過ごす。
その中で彼女が、「母親の手」を思い出せなくて、昔の写真を探す場面がある。
娘に、ママの手と私の手は似てる、と云われたあと、何かに取り憑かれたように、自分の母の写真を探すのだ。
自身が幼い頃に亡くした母の手を、「思い出せない」のが恐ろしいと云って。
私が最も、心に残っている場面だ。
友と娘が心を通わせる日を誰より望んでいた筈の彼女は、娘が友と浜辺で仲良く歌っているのを見て、友に云う。
「あなたと娘が一緒にいるのがいや。力強く楽しい人と。」
私の一番望むものが「健康」なら、一番怖れるものは何だろうか。
彼女が恐れたものと、とても似ているような気がする。
話は前後するが、前半、売れないクラブ歌手だったCC.ブルーム(ベットミドラー)が酒場で歌っている歌がとても好きだ。
もちろん英語の歌なのだが、うーん…「健康だけが取り柄の自分を自虐的にコミカルに歌った歌」とでもいおうか。
日本語で歌うなら、「♪(前略)顔は財産っていうけどーだから私は文無しなのねえ~(中略)宝石もないしお金もないし男もいない~でもまあ、健康だから♪」みたいな歌である。
「Wind Beneath My Wings」や「The Glory Of Love」、「I Think It's Going To Rain Today」など名曲揃いのこの映画の中で、よりによって私が一番好きな歌がコレ。この歌をフルコーラスで聞きたい、という理由でサントラも買った。サントラ購入者の中ではかなり珍しい理由であろう。
ベットミドラーがまた、大変失礼ながら、こういう歌を歌わせたら世界一の歌手である。
後年、CC.ブルームは歌手として大きく花開くのだが、映画を二度目に観たとき、このコミカルな歌を歌う一見軽い場面が、深い意味を持って胸に迫ってきた。思えば見事な伏線だったのだ。
彼女は、歌の才能という宝石の他にもう一つ、素晴らしい宝石を持っていたわけだ。
私が欲しい宝石は、つまり彼女が持っていた宝石である。
ただ、この宝石の欠点は、持っている時はそれが宝石だと気付きにくい点である。
失ってみて初めて、宝石だったと気付く事が多いのが難である。
時々失くしてしまう私は、それが宝石だということを、ちゃんと知っている。
それでいて、また時々、失くした欠片をヒョッコリ拾ったりもしている。
ひょっとしたら私は、とても幸運なのかもしれない。
本日の一曲:「I've Still Got My Health」 Bette Midler
なぜ、よりによって、こんな時に?
私ほど、人生でこの言葉を多用した人間はいないのではあるまいか。
一ヶ月ほど前の話であるが、私のプレイしているオンラインゲームが大型アップデートをした。
新章である。普通のゲームでいえば、シリーズの新作発売みたいなものか。
胸躍らせて、3月26日始動、のその時を待っていたのだが…。
ところで、私は「Tomb Raider」(以下、TR)というゲームの大ファンである。
それはもうなんというか、世の中で一番好きなゲームである。
伝説のTRシリーズの1が、装いも新たにリメイクされると知って、一年位前から日本での発売を首を長くして待っていた。日本ではあまり人気がないゲームなので、日本語版は出ないかも…あきらめて英語版をプレイしようかと迷っていた所へ、遂に発売が決定されたのである!ヤッター!
発売日、3月27日。 あ。
そして、冒頭のセリフを叫ぶ事になるのです。
一般の人の例でいえば、会社で普段は締まり屋の上司が珍しくお寿司を奢ってくれるというので家に「今日はご飯食べて帰るから♪」と電話したら「今日はカニ鍋だけど?」と言われた気分…という感じでしょうか。一日ズレていれば天国なのに。
いや、TRの場合一日ズレてはいるのだが、ゲームの世界では一日ではダメなのだ、二ヶ月くらいズレてくれないと。
で、結局どっちをプレイしても、片方が気になる…といった感じで、両方中途半端なまま現在に至っている。
どっちかでもちゃんとプレイすればいいのに、何を思ったか、ずっと以前にクリアしたボードゲームとかをプレイしている始末。あげくに、4ヶ月もほったらかしにしておいたブログをよりによってこんな時にどうしても更新したくなった。あきらかに混乱しているといえよう。我ながら自分の行動がわからない。
上のお寿司&カニ鍋の例でいえば、どっちにしようか考えているうちに、うっかり駅前のマクドナルドのダブルバーガーを食べてしまった感じか。
しかし、この程度の間の悪さは、私にとっては些細な事だ。
思えば幼稚園の時、楽しみにしていた運動会の直前に盲腸炎で入院したのをオープニングに、私は半端じゃなく「間の悪い人生」を送ってきた。運動会当日、病室から眺めた空は青かったなあ…。
大人になってから、なぜ、よりによって、こんな時に?と本気で叫んだのは、今から十年と少し前、長年付き合っていた恋人と別れた日だった。私の心を映したかのような、激しい雷雨の日であった。
早い話が、人生どん底の日、である。酒でも飲んで布団被って泣きたいのである。
なのに電話がかかる。全く別々の友人から、何故か「恋の悩み」とか「進路の悩み」とか「会社での人間関係の悩み」とか、なんとなく深刻な電話がひっきりなしにかかってくるのだ。相手が深刻なだけに私もつい真剣に話を聞いてしまう。
でも、相手が深刻なのはわかるが、どう考えても私の方が不幸な状況だった。
この状況で私が「人生悪い事ばかりじゃないよ?」と誰かをなぐさめてる図というのは、我ながら可哀相すぎる。
そんな謎の電話がなんと、その日に計九件。(しかも予期せぬ来客が、あの雷雨の中二件)
一日三回電話が鳴っても「今日は電話多いな」と思う私の日常なのだ。
この記録はダントツで、現在も破られてはいない。
ところで、世間で「雨女」とか「雨男」とか呼ばれている方々は、ある意味で「間の悪い人」だと私は思う。
個人の力で天候を変えられるとは考えにくいので、要するに「実は雨が降る運命の日に、雨が降ったら台無しになるような予定をワザワザ入れてしまう間の悪い人」という解釈、である。
もうお気づきでしょうが、私はキョーレツな雨女でもある。
いや、雨女なんてカワイイものではない。私が旅行などしようものなら、嵐になる。
普段めったに乗らない新幹線が、私が乗ると嵐で止まる。
一時的に止まるレベルではなくて、もう運行の見込みが立たないので強制的に降ろされちゃうクラスです。しかも乗っていたという事はそれまで普通に走っていたワケで。つまり初めは晴れていたワケで。私が乗ったから嵐になったのを認めるしかあるまい。数えてみたらそんな事が今まで四回あった。
以前ツレと飛行機に乗った際、天候のせいでやたらめったら揺れた。
だから飛行機は苦手なのだが、苦手なせいでそれまで乗った経験が少ない。
慣れてないから少しの揺れも大げさに感じるのだと思いたくて、飛行機をよく使うツレに「今までで一番揺れた飛行機ってどんなだった?」と聞いたら、しばらくの沈黙の後「これ?」と返された。あれ以来、今度こそ飛行機に乗れなくなった。
学生時代、修学旅行やら遠足やら、楽しい行事はことごとく雨だった。
というか、前記の人生どん底の日が雷雨だったように、楽しくない行事も、とりあえず常に雨だった。
なのに、盲腸で入院してた幼稚園の運動会は晴れてたあたりが、何やら私のその後の人生を示唆していた気がする。
頑張って隠していたが、遂に友人達が私を「嵐を呼ぶ女」だと噂し始めた。
その友人達と待ち合わせたある晴れた日、私が待ち合わせ場所に着いた途端どしゃぶりになったのが決定的だったかな。
拍手喝采を受けたが、もう誘ってくれなくなったし。
しかし、沢山の嵐の思い出の中でも一番キョーレツだったのは、四年ほど前、田舎の母が入院した時である。
私の故郷は山陰なのだが、現在は大阪に住んでいる。
母が手術することになって、母の見舞いと看病に田舎に車で帰ったのだが…。
モチロン、来ました、嵐。というか、大雪。
関西にお住まいの方、少し思い出してみて下さい。雪がめったに降らない大阪ですら、ここ十年単位で考えてもブッチギリの大雪が降った日、ありましたよね? その日です。
大阪でさえそんな記録的な大雪の日に、寒い寒い山陰に向かうというのである。
車で帰るのは危ないのだが、新幹線も飛行機も当然止まっているので仕方ない。
当日ツレが知人に「車で山陰へ行く」と言ったら、死にたいの?と怒られたそうだ。
よく災害系のパニック映画などで、主人公が「逃げている人々とは逆方向、つまり災害の中心部へ向かうシーン」があるが、アレを想像していただきたい。
運転してくれているのはツレだったのだが、最初こそ特殊な状況になんか盛り上がっていた私らも、中心部(豪雪地帯)に近づくにつれて口数が少なくなっていった。人は真にピンチの時には、無口になるものらしい。
途中何度か本当に遭難するかもと思いながら、通常五時間で帰る道程を九時間位かかって帰った。
故郷のモスバーガーに着いて飲んだ熱いコーヒーは、生きてる!という感じがして美味しかったです。
(まさかこんな日に営業してないだろうと思ったのに、ありがとうモス。店員さんも同じ事思ってたみたいで、客が来てビックリした様子であった)
ちなみに、母が手術するというので、親戚の人達も見舞いに来る筈だったのだが、地元に住んでいる伯母以外で、なんとか病院にたどり着けたのは私らだけという凄まじさだ。ここらへんも映画「ポセイドンアドベンチャー」とかを連想させる。
母の手術中、少し一人になりたくて、病院の中庭に出て、懲りもせずに降り続く雪を見ていた。
もしも万に一つ、母にもう逢えなくなったら、私はこの雪を心底嫌いになるだろうな、とボンヤリ思った。
なぜ、よりによって、こんな時に降るの?
でも、悔しいけど、綺麗だなあ、とも思った。
一年後には、母の方が関西に来てUSJで遊びまくるほど、元気になってくれた。
雪を嫌いにならずにすんで良かったけど、もう二度と同じ経験はしたくない。
ああ、私の間の悪い人生は、これからも続くのだろうか。
たまには晴れの日に旅行をしてみたい。こんなにささやかな願いなのに。
どなたか強烈な「晴れ系」の方、いらっしゃいましたら、どうかどうか私を打ち負かして下さい。
本日の一曲:「たどりついたらいつも雨降り」 ザ・モップス
戦闘の要素を含むRPGには、大きく分けて四つの「役割」があるという。
ヒーラー(回復)、ディフェンダー(防衛)、サポーター(支援補助)、そしてご存知、アタッカー(攻撃)である。
四つの役割といっても、実際は一人がその役割のいくつかを同時に兼ね備えている事が多いし、いわゆる「花形」の攻撃役以外は、その存在が目立たない事もある。極端な話、一人のキャラクターのみを操作するオフラインRPGの場合(ゼルダの伝説など)、その性質上一人で全てを担う事になろう。私は勝手に「勇者型RPG」と呼んでいるが。
しかし、そのゼルダの伝説においても、上の四つの役割をちゃんと含んでいる。
ハートや薬でタイミング良く回復し、敵の攻撃をかわし盾で防御し、知恵を絞って敵の力を弱め、スキを逃さず攻撃に転ずる。
ボスクラスになると、闇雲に攻撃しているだけでは決して勝てない。この四つの要素をうまく組み合わせないと、エンディングを見る事は不可能だろう。やはり面白いゲームだと思う。
ならば、オンラインRPGは「役割分担」するのに、最も適したゲームかもしれない。
オンラインという以上、他者がいる世界。
「他者」がいるのだから、一人で全てを担う必要はない。一人一人は不完全でもいいのだ。
己一人が世界をしょって立つ「勇者」であると、気負う事はないのだ。
しかし。そのかわりに、いつか必ず、他者の力が必要になる。
各々が不完全でその上「他者」なのだから、大抵は、もどかしい思いをする事になる。
時には、不愉快で哀しい思いをするハメにもなる。
他者と関わらなければ知らないですんだ「無力な自分」に気付く事もある。
ただ、一人では決して辿り着けない未知の場所へ行ける事がある。
宝箱に入った「宝石」を、手に入れる事がある。
他者と関わらなければ知らないでいた「自分の力」に気付く事もある。
私は、世間のようなもの、と思っている。
以下は、私がプレイしている某MMORPGで、実際に経験した戦闘の一コマを妄想演出したものです。
描写が無駄に劇画チックなのは、単なる私の趣味であります、ご了承下さい。
男は、仲間の後ろで、じっと皆の動きをみつめていた。戦いが拮抗する中、はやる心を抑え、静かに待っていた。
焦ってはならない。ひとまず仲間の体力は充分だ。
ここで余計な行動をした挙げ句、イザという時に動けなくなったら意味がない。待つ事も自分の仕事だから。
突然、仲間の全員が息を呑んだ。一瞬の出来事だった。
仲間の一人が、敵の渾身の一撃を受け、その刃の前に倒れたのだ。
驚くより先に、男は動き出した。仲間を蘇らせる唯一の技。自分にしか唱えられない術。
せっかく倒した者をむざむざ復活させてなるものかと、敵達は死にものぐるいで自分を狙ってくるだろう。
そしてなにより、この技を持つ自分が倒れた時、全ては終わってしまうのだ。
怖い。 だが、迷いはなかった。男は仲間を信じて、高らかに宣言した。「蘇生」と。
その声を受けて、鋼の鎧に身を包んだ大男が、仲間を庇うように敵の前に躍り出る。
まかしとけ。奴らの攻撃なんぞ、蚊が刺すほどにも感じねえ。全部まとめて引き受けてやらあ。
そして、自らに誓うように、静かな声で云った。これ以上、俺より先に倒れる事は許さない。
男は両手をいっぱいに広げると、敵の眼前で、声の限りに叫んだ。
「おらおら来やがれ、このへっぽこヤロウども。てめえらの相手は俺だ!」
まったく、いいカッコしちゃって。小柄な女がつぶやく。あの男ときたら、本当に全ての攻撃を受け止めるつもりだ。
唯一の回復役が蘇生に入った以上、彼への「回復」は少し先になるだろう。
あの愛すべき大男は、どこまで立っていられるのか。
仲間を守り癒す力も、敵をなぎ倒す力も無い、非力な自分に出来る事は?
女は瞬時に判断した。時間を稼げ。敵の邪魔をするのだ。
今仲間を一撃で倒したアイツ。奴だけは自由にしておくものか。
「少し、痺れてもらうわよ。」そして驚くべき素早さで敵の後ろに回り込み、その後頭部をパコンと蹴った。
かくして、「蘇生」の祝福が、倒れた仲間の身体を優しく包む。
気の強そうな顔の女が、むっくりと起き上がる。
ああ、痛かった…。ふう。手数かけてすまなかったね、みんなありがとう。
美しいしなやかな指で、重そうな剣をヒョイと握り直す。さあて、と。
「それじゃそっちの坊やたち、お返しさせてもらうけど、覚悟はいい?」
そう云って、光る剣先を一直線に敵に突きつけると、片方の眉をツンと上げ、天使のように微笑んだ…。
(この物語は仮想世界内の出来事に基づいていますが、登場人物の心理および台詞および一部の動作は、しつこいようですが私の妄想です。)
…さて。この脳内妄想物語をツレに無理矢理語って聞かせたところ、少々引き気味に「そんだけの想像力があれば、さぞゲームも楽しいだろうねえ」と誉めてくれた。ええ、確かに楽しいです。
とはいえ、その戦いは確かにいつもと違っていた。最初から最後まで、仲間が何をしようとし、自分が何をするべきなのかが、美しい調べのように「聞こえていた」、稀有な戦いだったのだ。
一時間にも及ぶ激闘の末、敵の最後の一人が静かに倒れた時、なにやら現実に感動を覚えている自分がいた。
初めて逢った他人と、これほど息の合った戦いが出来た事に。その「調和」の一環として自分が存在出来た事に。
静かな興奮でボーッと勝利画面を見つめる私の目に、仲間の言葉が飛び込んできた。回復役だった。
「勝った!アンタら最高。涙で画面が見えません(T^T) ほんとにありがとう、楽しかった」
きっと彼の胸にも、よく似た妄想物語が、熱く展開されていたに違いない。
「現実」の世界でも、似たような気持ちを経験した覚えがある。
クラス対抗の合唱大会、直前にピアノが壊れ、ぶっつけ本番で友人と共にギター伴奏した時。
負けていたソフトボールの試合、味方の打ったヒットで、髪振り乱してホームベースに向かって走った時。
美術部の共同制作で、皆で「サファリ」を描いていた一ヶ月、ひたすら象、象とつぶやきながら象だけを担当していた私の前に、動物の群れが躍動する「サファリ」が姿を現した時。
まるで、宝石をみつけたような、不思議な気持ちになったのを覚えている。
思えば、それらの出来事には共通点があった。
誰かを必要とした事、誰かが必要としてくれた事、そして、その時の「自分の役割」を知った事、だ。
人は、己の役割を知ると、自分を、他者を、真に好きになれるのではないかと思う。
そしてその「役割」は、本人が気付く気付かないにかかわらず、誰もが皆持っているのではないかと思う。
私も、未だ、探している。
大人になって、あんな気持ちになれる事は、とんと少なくなった。
でも、私の宝石は、きっとあるに違いないと、今もウロウロ探している。
ところで余談だが、先の「妄想物語」で、私が受け持った役割は「サポーター」であった。
ゲームの世界においては、回復役も盾役もアタッカーも一通り経験した。
どれも楽しかったが、なぜだかサポーターが一番性に合っているようだ。
他者を守る強さも、癒す優しさも、リードする行動力も無い、非力な私に出来る事は?
それが何なのかまだわからないし、ゲームのようには、カッコよくいかないだろうけど。
「サポート」という役割に、私の宝石が眠っているんじゃないかな…と、ふと、思ってしまうのだ。
本日の一曲:「世界に一つだけの花」 槇原敬之
(はじめに: 前々回、前回と登場した愛すべき家族達、そして自身に芽生えた愛するという意志。その姿も真実ではあるが、今勇気を持ってもう一つの現実を書く事で、この「愛の三部作」を締めたいと思う…。)
私の生まれた町の方言に「びったもん」というのがある。
その響きから察しがつくかもしれないが、決して決して誉め言葉ではない。
キタナイ、だらしない、怠け者、等々…。
つまり「びったもん!」と言われる事は、「あなたはバッチイひとです」と宣告されるに等しい。
さて…私はかつて、この、世にも哀しい名称で呼ばれていたという暗い過去を持つ。
理由のほうは明快である。 私は掃除が嫌いだったのだ。
難儀な事に、私の母は大の綺麗好き、であった。
私が半端じゃなく散らかった自室で漫画「つる姫じゃ~!」を読んでいると、ドスドスと音が聞こえてくる。
勇者の聖なる剣(←掃除機)を手に、「悪魔怪獣ビッタモン」を成敗にやってくる正義の足音である。
私は慌てて「大事なモノ、しかし母にとってはゴミ」というアイテムの数々を必死でかき集める。
しかし、勇者の攻撃は素早くかつ容赦なく、私に襲いかかるのだ。もはや勘弁ならぬ!と言うように。
そうして、エクスカリバーの聖なる光(←掃除機)は、私の部屋をピカピカにしてゆく。
フィンガー5のレコードや、「明星」の付録ビューティペアのポスターを、「つる姫じゃ~!」共々ひとまとめになぎ倒しながら…。
ひとり暮らしを始めて最初に思ったのは、「やれやれ、これで静かになる」という事であった。
しかし、闘いは終わらなかった。
ひとりになって、一週間も経った頃であろうか。
ふと部屋の隅をみると、こんもり埃がたまっている。「埃って、こんなに早く溜まるものだったっけ?」
疑問と同時に、イヤな予感が私の頭を横切る。もしかして…と風呂場を覗いてみると、悪い予感は的中していた。
そこには、黒いカビが、点々とお出ましになっていたのだ。
「こんにちは!これから末永くよろしくね!」というように。
ビッタモンとて、埃やカビを好きにはなれない。ここらへんが中途半端な私。
散らかってるのは平気でも、カビや埃は苦手なのだ。おまけにアレルギー持ちなのだ。
「全ては勇者様のお蔭だったのですね…」 カビキラーを握りしめ、母を想って立ち尽くす。
しかし、おかあさーんと叫んでみても、勇者様はいないのだ。私が闘うしかないのである。
そうして、この100%自業自得の果てしなき闘いは、続いていくのだった。
そんなビッタモンにも、恋の季節はやってくる。新生活の中で仲良しのお友達も出来た。
そうなると、その愛すべき人々を「自宅に招きたい」と思う事も増えてきた。
しかし、我が部屋はビッタモンの棲家。常にとっ散らかっていて、そんな事許されるワケがない。
しかも、ソトヅラのいい私は、自分が「悪魔怪獣ビッタモン」である事を、ひた隠しに隠している。
選択肢は二つに一つ。
愛する人々を諦めるか、掃除をするか。
私の正体を、誰にも知られてはならない。
人々に忌み嫌われるビッタモンの哀しい宿命(さだめ)…。
意を決した私は、「誰かが来る時だけ」部屋をピカピカにするぞ、と心に誓った。
意を決したわりには、さすが中途半端である。
ある時は飲み屋で「これからアンタんちで二次会!」と勝手に宣言され、ある時は「あと10分でそっち着くから」という電話にウルトラ級のタイムアタックを強いられた。思えば幾多のピンチがあった。たぶん一部の友人にはバレていたでしょう。
そうして、どうにかこうにか過ごす中、十数年の時が流れた…。
よく出来た映画には、サプライズがある。
よく出来た推理小説には、どんでん返しがある。
よく出来たゲームには、意外な敵が待っている。
まったく、人生は、よく出来ている。
三十路を少し過ぎた頃、私は現在のツレに出逢う。
私が初めてツレの部屋に遊びに行った日、奴は私を近所のコンビニに放り込み、言った。
「ゆーっくり、オツマミでも選んでて。ゆーっくりね。少なくとも二十分位。」
そうして、脱兎のごとく自分のマンション目指して駆けだして行く。
私はふと、デジャヴのようなものを感じたのだが、その時はそれきり忘れてしまった。
だが、今にして思えばあれが、本当の闘いのゴングだったのだ。
遠慮を忘れた時、人は、その正体を現す。
散らばったカラのCDケースと、そこここに山積されたむき出しのCD盤。
ことごとく蓋の閉まってない調味料の瓶。左右で柄の違うスリッパ。
裏返しのまま丸められたTシャツ、「8の字」のような抜け殻ズボン。
歯ブラシの横に置かれた無意味なシャンプー。何故か押し入れで発見される歯磨き粉。
それらの物と遭遇する度、私は戦慄した。しかもコイツは中途半端ではない。
そんな。チャンとした人だと思っていたのに。ソトヅラだったのかよ!
しかし私の罵声は、虚しく自分に跳ね返ってくるだけ…。
汝の敵、それは汝。 ビッタモンの敵、それは。
嗚呼。こいつこそが最強のボス、「大魔獣ビッタモンキング」だったのだ。
私がツレの事を親しい友人に愚痴ると、「因果応報ね」と言う。やはりバレていた。
それにしても天は、なんと見事な裁きを下されたのだろう。
かつて私が倒された聖なる剣(←掃除機)を、今こそ私に握れと仰るのですね?
この大魔獣を成敗せよと。あの勇敢な母のように。
さすれば私の罪は許されるのですね?やっと永い闘いは終わるのですね?
しかし、哀しいかな、しょせん私は中途半端なビッタモン。
自分の事さえおぼつかないのに、人の世話まで焼けません。
そんな思いを同じくして、私たちは散らばったゴミの中、それぞれの世界へ逃避する。
ある者は惰眠へと。またある者はニンテンドーDSへと。
徐(しず)かなること林の如く 動かざること山の如し
けだるい夏の昼下がり、ゴミを掻き分け掻き分け、猫だけが無情に通り過ぎていく…。
私たちの正体を、誰にも知られてはならない。
来客を報せるチャイムが鳴る。絶体絶命のノックが響く。
果てしなき闘いは、今日も続く。
本日の一曲:「今日もどこかでデビルマン」 (デビルマンエンディングテーマ)
「デビルマン」の部分を「ビッタモン」に替えて歌ってみよう!→
「愛は、意志の力だと思う」と、その人は云った。
遠い昔、恋人だった人が、私に告げた言葉だ。
そして、別れる事もまた、意志の力が必要だと、その人は続けた。
意志を伴わない愛を貫くのが困難なように、愛情が残っているのに、別れる意志を貫くのはきっと困難だろうと。
私はモノクロの景色を眺めるように、どこか気持ちの遠い所で、その言葉を聞いていた。
なぜなら、それはつまり、「さよなら」の言葉だったからだ。
「でも、もう、決めた」 と、その人は、静かな凛とした声で、最後に云った。
そうして、その人は遂に意志を貫き、私たちはそれぞれ「一人」になったのだ。
私は長い間、「愛は意志の力だ」という言葉の意味がわからないでいた。
そして、この言葉に、少なからず反発を感じてもいた。
愛情は意志とか決意とかそういうものではなかろう、もっと自然に湧き出てくるものじゃないのか。
好きだという自分の感情に、ただ素直でいればいいんじゃないの、と。
愛情が残っているなんてまどろっこしい事を云わずに、ただ、嫌いになったと云えばいいのに。
意志の力を借りなければ愛せないという意味ならば、愛してくれなくてもいいよ。
あの言葉の意味がおぼろげながらわかってきたのは、それから二十年近く経ってから。
つまり、恥ずかしながら、かなり最近の事なのである。
少し前に「誰も知らない」という映画を観た。
カンヌ映画祭で、柳楽優弥くんが史上最年少で最優秀男優賞を受賞した事でも有名な映画だが、実際に起こった「子供置き去り事件」を元に描かれたこの物語、観る前に覚悟をしていたものの、やはり重い重い気持ちにさせられる映画であった。
まずは、物語の母親に言いたい。この大バカヤローと。
それを最初に叫んでおかないと、この女の立場になって考えてみる、という気持ちになれないのである。
世間から子供の存在を隠して生活し、好きな男が出来たら子供達からトンズラとは。
隠されていた子供たち、その存在を誰も知らない子供たちは、たまったものではない。
この母親に同情する余地はないが、私が愕然としたのは、この母親がこの女なりに「子供たちを愛していた」という事である。
貧しいながらも、じゃれあっているかのような微笑ましい会話をする、家族の食卓のシーン。
この女は、子供達を「好き」なのだ。
それを知った時、私は思わず、つぶやいた。
「でも、そんなの愛じゃない」と。 そして同時に、自分の言葉に戸惑った。
じゃあ私は一体、何が「愛」だと云うつもりなのだろう。
この母親は、私は幸せになっちゃいけないの?と問う。
事もあろうに、自分が捨てようとしている息子に向かって、それを問うのである。
恋愛関係に置き換えれば、よくある話かもしれない。
息子達は好きだが、新しい恋人はもっと好き。何がいけないの?
アナタの事は好きだけど、アノヒトの事はもっと好き。何がいけないの?
親子という状況であったからこの母親の無責任さに激しい憤りをおぼえる。が、この女が「母親」でなかったとしたら。
決して好きにはなれないが、許せない、とまで思っただろうか。
少なくともこの女は、自分を「親」と思っていないフシがある。息子を「一人前の男」と見て頼り切っているような印象さえある。
自分はか弱い「女」であり、男に「幸せにしてもらう存在」だと。
そんな心の幼稚さが悲劇の要因なのだろうが、もうひとつ私は、この女には決定的に欠けているものがある、と感じた。
この女の愛には、愛するという「意志」が、全く無いのだ。
私には、子供はいない。
だから、親の視点に立つ事は難しいが、子供の視点で考える事は出来る。私にも子供の頃はあったから。
私の母は今でいうシングルマザーで、生活も、豊かではなかったと思う。
母は親子して生きるために仕事を優先していたから、家の事が後回しになる事も多かったし、私が熱を出しても、仕事を休んだりできなかった。
若い頃心臓の弱かった母は、自分に万一の事があった時のため、密かに「遺言書のようなもの」を書いていた。
私は子供の時何かの折にヒョッコリそれを見つけ、誘惑に勝てず読んでしまった。おそらく伯母(母の姉)に宛てたものだろう、「娘の未来を頼みます」というような言葉が綿々と綴ってあったのだが、字は下手だけれども「強い意志」の込められたその手紙を読んだ時、あの大雑把な母のどこにそんな深い想いがあったのかと、心底驚いてしまった。それから少し泣いてしまった。
お母さん、黙ってたけど、アレ、盗み読みしちゃいました、ごめんなさい。
私は、母が帰ってこない事を心配した日は一日もない。
なんとも幸せな子供時代を送ったものだと、今にして思う。
ところで話は変わるが、現在の私の伴侶(ツレ)は、決して、熱烈な恋の果てに…とかいう相手ではない。
ロマンティックな事も、ドラマティックな事も、あまり無かった。初めてデートしたのもゲームセンターだった。
でも、私が生まれて初めて、この人と一緒に生きてみよう、と思った人だ。
愛とは自由なもの、心のままに形を変えてゆくもの、と思っていた私が、初めて「変わらない明日」を考えた相手である。
そんなツレとも、もう十年。四年前に家族に加わった猫と共に、今日も平和に生きている私。
「ねえ、私らが万一交通事故にでも遭ってさあ、二人とも一緒に死んじゃったらマズくない?」
「そっか、遺言書いとこう、全財産お譲りしますから、どうかどうか猫をよろしくって。えーと、誰に書く?」
自分たちだけでなく、猫の「未来」も心配で、真剣に遺言の文面を考えたりしている。
その変な遺言書の白羽の矢が立った気の毒なお友達の方、こんな私らはきっと大丈夫だから安心して下さい。
そんな生活の中で、ふと昔を思い出す。
「可愛いがってるだけ」で、病気になって様子がおかしいのさえ気付かなかった、昔の愛猫のこと。
「好きだから」何でも許してくれると、傷つけていることさえ気付かなかった、昔の恋人のこと。
私はあの映画の母親とは違う。断じて違う。 しかし、よく似ていた、のかもしれない。
昔の私は誰かとの「未来」を真剣に考えた事など無かった。
自分の感情だけには忠実な、垂れ流しの愛だった。
私の愛には、「意志」が無かった。
だから、あの人は、さよならを云ったのだ。
こんな風に考えるようになるなんて、私も年をとったってわけかな。
心のままに生きる人生にも、やっぱり未練はあるかな。
とはいえ「今」だって、心のままに生きてる、といえなくもない。
もう十年先も、今と同じ場所で、同じ人の横で笑っていたい。それは、心のままの想いだ。
若い自分を思い出すと、甘くて、切なくて、ちょっぴり羨ましいけど。
でも、いいんだ。 もう、決めた、のだから。
本日の一曲:「古い日記」 和田アキ子
それまで私は、「ひとめ惚れ」というものを経験したことがなかった。
四年ほど前のある日、私はツレと近所に買い物に出かけていた。
生活用品を買い、食事をし、最後にゲームショップに寄って、ソフトを数本購入した。
さあ、帰ろうという段になって、ツレが「ペットショップに寄ろう。」と言う。またか。
ペットショップは、ゲームソフト店の目と鼻の先にある。この店に来ると、いつもこうだ。
ツレは大の動物好きである。
私が、いつだったかフッと「猫と暮らしたいなあ」と言った事を、しつこく覚えていた。
今日こそ私を「陥落」させるつもりだろう。
私とて、動物は大好きである。ひょっとしたら人間より好きかも、と思うほどに。
しかし、長い間、心の底に澱のような「わだかまり」があったのだ。
私は高校生の時、家で猫を飼っていたのだが、私の無知と不注意で病気にしてしまった。
気がついた時には、もう手の施しようがない状態だった。
「仕方なかった」と、母は何度も言った。おまえは、やるだけの事はやったよ、と。
でも、私が無知でなかったら。 あのチビの未来は、もう少し長く続いていたんだろうに。
あの日から、私を無邪気に愛し、信じ、ついて回っていた小さな命の面影が、私から離れなくなった。
ツレは、腹が立つほど明るい性格である。
私がそんな話をしてもおかまいなしに、ニコニコと私をペットショップに引っ張っていく。
でもね、私はもう二度と、猫を連れて帰る日は来ないと思うんだけど。
まあ、親とはぐれてひとりぼっちで雨に濡れているとか、怪我をしてるとか、「助けを必要としている」状況ならともかく。
だけど綺麗なペットショップに、そんな子はいないだろうし。
そう考えていた私は、いつものように気楽に、ペットショップへと足を向けた。
ガラスの扉が付いた小さな部屋が、マンションのように並んでいる。
その中にいる沢山の子猫や子犬を、順番に覗いていく。みんな可愛い。
と、あるガラス扉の前に立ち、私はプッっと吹き出した。
目を半開きにして、なんとも形容しがたい変なカッコで寝ている子猫。
なんだコイツ。寝相悪いやっちゃなあ。どれが手でどれが足だ?
ずっと見ていたい気もしたが、寝てるしな。そっとしとこう。
再び順番に、他の小部屋を見回り始め、最後の子猫まで覗き終わった。
ふと、さっきの寝相悪い奴を、もう一度見たくなった。帰る前にもう一度、笑わせてもらおう。
急いでさっきの小部屋の前に戻ると、予想に反して、子猫は起きていた。
私が見つめると、奴も私をジッと見る。
さっきは気付かなかったが、他の子猫より、ひとまわり小さい。不安になるほど、小さい。
突然、この子猫の部屋の「真下の部屋」のガラス扉を、店員が鍵で開けた。
隣の親子連れの客に要請されたからだろう、「真下の部屋に入っていた子猫」が、親子連れに渡される。
途端に、「私が見ていた方の子猫」の様子が、変わった。
顔をガラスにくっつけんばかりにして、下の成り行きを見ていたらしいこの子猫は、驚いた事に、ガラス扉の取っ手のあるほう、鍵穴のあたりを、小さい手で、ぱんぱん叩きはじめたのだ。
「そこが開く事」がわかるの? 「そこから出られる事」が? おまえ、小さいのに、賢いな。
感心して、呆然と眺めている私を、商売熱心な店員は見逃さなかった。
「抱っこしてみます?」という質問に対して、私は質問を返した。
私「この猫、他の子猫と比べて、小さすぎないですか?」
店員「え?あ。大丈夫ですよ、とーっても健康ですから♪」
私の心の声:(そういう意味じゃねえようっ、親と離すのちょーっと早かったんじゃない?って言ってんだようっ。それにこの子だけ誕生日不明って何?…ホントはこないだ生まれたんじゃないだろーなっっ!?)
私が心の中でツッコミを入れている隙に、まんまとガラスの扉は開かれてしまった。
なにやら、のっぴきならない事態になりつつあるのを、私は心の遠い所で感じていた。
ワシも出せーと扉を叩いていた、さっきの勇ましさはどこへ。
子猫は、私にガッシとしがみつき、震えて、そのまま離れようとしなかった。
あのガラスの部屋には帰りたくない。 それくらい、私にもわかる。
ツレが、勝利の笑みを浮かべた。 店員が、審判のように、私に告げる。
「運命ですよ♪」
アンタに言われるまでもない。 もう、ダメだ。 ゲームセット、だった。
この子が初めて家にやってきた日の夜、私には忘れられないシーンがある。
深夜、不意に目を覚ました私は、子猫が眠っているはずのほうを見た。
私が即席にこさえた小さなベッドの中で、子猫は眠らずに私の顔を見ていた。
身じろぎもせず。鳴きもせず。不安そうな顔で、ただ、私を見つめていた。
長い長い間、私を苛んできた小さな面影が、その姿と重なった。
いつか。できるだけ遠い将来である事を願わずにはおれないが。
私はこの姿を、想い出すのだろう。
その時こそ私は、どうしたらいいんだろう。
少々気弱な所はあるが、今は元気なオトナになった。身体もどーんと大きくなった。
ニャンニャン我儘言いたい放題。控えめだった子猫時代が、ちょっと懐かしくなるほどだ。
私を無邪気に愛し、信じ、ついて回る小さな命。
そうか。いっぱいいっぱい思い出せばいいんだ。
あのガラス扉を、ぱんぱんと叩いていたシーンも。
この子が、自分で未来を勝ちとった場面。 私を運命の恋に、叩き落とした場面。
忘れられなくても、いいんだ。
私は、この子の「未来」を、これから眺めようと思う。それから、ちょっとだけ、お手伝いをしようと思う。
忘れられない想い出を、もっともっと増やそうと思う。
ひょっとして、それはなんだかとても、幸せな未来ではないだろうか。 ねえ?
本日の一曲:「キャンディ」 原田真二
世の中には、初期状態や通常の品で事足りるが、お金を出せばもっと快適になる品物がある。
ある、というより、世の中で「商品」と呼ばれるものは、全てそういう仕組みになっているのだろう。
快適になるのならどれも欲しいところだが、勿論そうもいかない。むしろ購入出来ない物が大半を占める。
何にお金を出し、何を我慢するか、というのは、各々の価値観であり個性であろう。大金持ちならともかく、大概の人は何かを選びまた諦めているのだろうし、それもまた人生の醍醐味かなと思う。
さて。私が今までなんとなく欲しいと思い続けながら、10年以上も購入に踏み切れなかったもの。
日本語入力システム。インプットメソット(IM)と呼ばれるものだ。
パソコンはもちろん、携帯電話やゲーム機にも、今は必ずといっていいほど入っている。
日本語を入力する時に、なくてはならないシステムだからだ。
パソコンに最初から搭載されているのは、窓PCなら「Microsoft IME」、林檎PCなら「ことえり」。
両機種持っている私は、必然的に両方使っていたのだが、なんというか…普通の歯ブラシを使いながら、やっぱり電動歯ブラシが欲しいなあと思っているような心持ちだった。特に、ことえりちゃんのオトボケ変換には心和むものもあって嫌いではないのだが、急いでいる時は和めない。
ことえりの名誉のために言っておくと、昔のバージョンに比べれば飛躍的に賢くなってはいる。
だが、良くも悪くも「ことえりらしさ」を失ってはいないのである。
10年以上も悩むほど高い買い物でもなし、新作のゲームソフトを買うくらいの金額で購入出来るのだから、さっさと別のIMに乗り換えれば良かったのだが、そこは窓&林檎両刀使いの迷いがあった。
そう、両方乗り換えねばならないからだ。どちらか片方だけ入れても、却ってストレスが溜まるだろうし。
一度「EGBRIDGE」なるIMを購入直前までいったのだが、これは林檎機専用で窓版がなかった。
どうせ二本買うなら同じIMで統一したいし、何よりカスタムのIMでもきちんと単語登録すれば、充分に使えていたのだ。そしてダラダラと10年経ってしまったワケです。
最近までそんな日本語入力ライフを過ごしていたのだが、ジャストシステム社が新バージョン「ATOK2007」を発売したのを機に、やっぱり買おうかという気持ちになってきた。
幸いこちらの方は窓版も林檎版も揃っている。そして軽い気持ちでフラフラと公式サイトを覗きにいって、とんでもないものを見つけてしまったのだ。
「ATOK2007 for Mac+Windows」ですって?しかも5000本限定ですって?
わかりました。このセット、私のためにある。
セットになっているだけあって、二本別々に買うより値段もかなり安い。
私が見つけたときはまだ発売されていなかったのだが、さっさと予約する事にした。
私のためにある!と思った人が、私以外に5000人以上いたらマズイからだ。
そんなわけで、私はやっと、10年来の迷いに終止符を打ったのであった。
さて、使用感だが、やはり快適である。日本語をよくご存知、である。
機能が豊富なだけあって自分好みの環境設定にするのには時間がかかったが、一度設定してしまえば、打てば響く心地よさだ。
この長文変換は、ことえりちゃんならオトボケどころよねえ、という文章でも、ソツなくこなす。
このソツのなさと真面目さ。私の好きな明智光秀のようである。謀反は起こさないでほしいが。
中でも私が感動したのは、学習機能だ。
ワケあって、牛鬼(ぎゅうき)という言葉を入力した。どんなワケがあってそんな言葉を入力したのかは説明が難しいので省略するが、とにかく入力する必要があったのだ。
さすがのATOK光秀もこの言葉を一発変換は出来なかった。「牛貴」となってしまった。これは仕方ないと思い、「牛」を確定した後、「貴」を「鬼」に換えた。するとどうだろう。ATOKは「アンタが今入力したこの牛鬼ってのを、ぎゅうきで変換できるように登録するか~い?」と聞いてきたのだ。(注:実際にATOKはこのような口調ではありません) 二度と入力しない言葉のような気もしたが、なんだか勢いに負けて単語登録してしまった。なのでこの文章中も「牛鬼」が快適に入力できる。
あともうひとつ、推測変換という機能。
これに関しては、携帯電話やWiiの文字入力にすでに使われていたので驚きはしなかったが、私はケータイであまりメールを打たない。メールは大体PCで済ますので、早い話がケータイの入力システムをほとんど使っていなかった。便利でもあまり関係なかったのだ。(余談だが、多くの携帯電話やゲーム機に、なにげにATOKがカスタム搭載されている。それはいいけどPCにもカスタムで搭載してもらえないものか。)
ワケあって、玉鋼(たまはがね)と入力した。どんなワケがあってそんな言葉を入力したのかはやっぱり説明が難しいので省略するが、「た」と入れるだけで玉鋼が候補に出るようになった。なんだか嬉しいが、再び入力する機会は訪れるのだろうか。
しかしここまで賢いと逆に、ATOK光秀が言葉に強いこだわりを持つ、何か人間くさい存在に思えてくる。
「私に知らない言葉があるなんて、誇りが許しませんからっ」と思っているような人。ますます光秀に似ている気がしてきた。好き嫌いが分かれそうなタイプだが、私はこだわりの強い人は、割と好きである。
人は誰でも、どこかの分野で多少なりともマニアに属するものと思っているので、誰かが得意な分野の事を熱く語り始めるのをみると、微笑ましい気分になるのだ。
たとえば、子供が自分の好きな事を一生懸命話す姿は可愛い、と思う感情に似ているかもしれない。
大人がやると痛い場合も多いので、ホントに可愛いかは人によるが。
そうかー。知らない言葉があるのはイヤなんだな、それならば、というので、思いっきりマニアックな言葉を入力してみた。
黒漆塗五枚胴具足(くろうるしぬりごまいどうぐそく)
これならどうだ。伊達政宗の甲冑だ。戦国ファンか某ゲームユーザーしか知らないぞー。
…結果は、「塗」に「り」がついただけで、ほぼ完璧に変換した。うーむ、たいしたものである。
じゃあ、これは。
伊予札縫延栗色革包仏丸胴具足(いよざねぬいのべほとけまるどうぐそく)
これは某ゲームにも出てこないし、私も読めなかった。というか今も読めない。
いや、ちょっと待て。ふりがなと漢字が合わない。「栗色革包」の部分はどこへいった。
少し調べてみたが、やはり読み方は合っている。栗色革包である事をほっといてもいいものだろうか。
…気を取り直して、ATOKに頑張ってもらった。伊予座縫い述べ仏丸胴具足。惜しい。伊予と仏丸胴具足は合っている。しかし栗色革包はやはりスルーされている。この機会に単語登録しといてあげよう。
こんなふうにインプットメソットで遊んでいるのは楽しいが、なんだか本末転倒という気もする。
でも、まあいいか。遊ぶという点なら、ことえりの変換もやっぱり味があって面白い。
効率だけにこだわらず、時々は切り替えて使って、和ませてもらおう。
こんな事をやっているくらいだから、私は「言葉」が好きだ。
人でいうなら、「言葉に魂のある人」が好きだ。
俳句や詩などは、私の憧れの分野である。
本当の「言葉の達人」は、実はシンプルな言葉を使う。
変に難しい言葉を選ばず、短い言葉で何かを表現出来る。 そう、私と反対のタイプ。
そういう人は、話を聞くのも上手だ。相手の話に対して、シンプルだが、心のこもった言葉で応える。
それは、簡単なようで、難しい。
言葉を理解する事は、心を理解する事だと思う。
相手の言葉では語られなかった部分をも「推して」知り、返す言葉もまた、洗練された「変換」を経る。
つまり、変換以前に、相手の心を理解できなければならない。こればかりは「人」にしか出来ない。
本当の日本語の達人は、「翻訳家」だと聞いた事がある。
なるほど、自分の心情でも難しいのに、他人の言葉を、他人の心情を、限られた言葉で代わりに表現するのである。しかも他国の言語を。何より、決して「自身」が強く顔を出してはならないのだ。
かといって、機械的な作業だと割り切れば、きっとその言葉達は死んでしまうだろう。
文章を書くのに、これだけ難しい条件があるだろうか。
名文を書くより、名訳をする方が難しい。
頭のいいインプットメソットと遊んでいるうち、そんな事を考えてしまった。
話を聞き、理解し、心のこもった言葉を返す。
入力(Input) 変換(Convert) 出力(Output)
ただ、それだけの、シンプルなこと。
でもこれが、本当の言葉の達人なのかもしれない。
本日の一曲:「愛の言霊 ~Spiritual Message~」 SOUTHERN ALL STARS
あなたのことを「2つの嘘」と「1つの正しいこと」で表現してみてください。
愛は、要らない。
宝石は、要らない。
銃は、要らない。
歴史物が好きである。特に日本の戦国時代に弱い。
私がよく話題に出す「信長の野望Online」をプレイし始めたのは、「戦国の世を生きる」という、当時のキャッチコピーにまんまと釣られたからだ。生きますとも、生きますともっ♪とウキウキ仮想戦国の住人になり、遂に三年半が経とうとしている。メーカーのコーエーからしてみれば、さぞかしカモがネギしょってる感じの客であろう。
戦国時代が好きだというと、よく知人達に、「意外だ」と言われる。
知人達の戦国時代のイメージは「男臭い、一騎うち、合戦、刀とか鎧、主君の為にとか何とか…」等々、なんとなーく体育会系の匂いがするらしい。
しかし、私自身は思いっきり文系タイプ。しかも性別は一応女。意外に思われるのも仕方ない。
自分の性格を細かく分析してみると…
小心者、神経質、争い事が嫌い、落ち込みやすい、人望ないので友達少ない、外で遊ぶよりお家で読書が好き、慎重すぎて石橋叩いてもナカナカ渡らない、それなのに追い詰められるとたまにとんでもないことをしでかす…と「文系」というよりタダの暗い人かもしれぬ。
そして、「決してリーダーになってはいけないタイプ」の人間である、という事だ。
考えたり調べたりする事は好きなので、平常時であれば丁寧にキチンと事を進められるのだが…、
とにかくピンチに弱い。そして大きなチャンスは逃がす。
準備万端のはずが、大事な時に判断を誤り、頭真っ白になる。ここ一番の大勝負にはなぜか勝てない、それが私なのだ。なんか書いてて情けなくなってきました。
さて、そんな私が好きな戦国武将は「明智光秀」である。(ここで笑った方は、かなりの戦国通。)
そう、あの「本能寺の変」の明智光秀。
彼が誰に対して何をしでかしたかは、さすがに詳しく書くまでもないだろう。
ファンであるからして、色々な本を読んだ。ドラマや映画もいっぱい観た。
そんなふうにたくさんの戦国ものに触れて思った事は、なんとまあ、作家や脚本家によってこれだけ解釈が違うものかということだ。もちろん史実を基本としているが、その解釈は千差万別。百の物語には百人の光秀がいるといっても過言ではないだろう。
そんなわけで、私の胸にも「私だけの明智光秀」がいる。
私が好きなのは、その「私のイメージした光秀」であって、実在の人物というより、もはや妄想キャラのようなものだ。そんな自分だけの解釈と、人様の解釈を比べられるのも、歴史小説の面白い所だと思う。
以前、堺屋太一氏の「鬼と人と」を読んだ。
この小説は、「鬼」である信長と、「人」である光秀の独白が、交互に綴られる。
章ごとに、同じ時間軸の状況をそれぞれの視点で語らせる面白い手法だ。
ただ、堺屋氏があとがきで、「主観性の強い天才を解き明かすには信長自身に語らす以外になく、その主観性を批判する記述を補うには秀才光秀の口を借りるほかはない」と書いておられるように、この小説の主人公はやはり信長だと感じた。
信長が「このキンカ頭が」と光秀を打ち据える有名なシーンでも、心の中で、ヤバいひっこみがつかなくなったぜ誰か止めんかコラ、みたいな事を思っていたりして妙に信長が可愛くて魅力的なのに対し、いつもビクビクしているだけの光秀は、ファンとしては少々哀しい。
「信長ヒイキしすぎ」「光秀情けなさすぎ」と何度かツッコミを入れてしまった。
つまり、私のイメージした光秀像とは少し違うのだが「その情けない光秀」の極めつけが、本能寺の変の後の最終章だ。
本能寺後ということはつまり、最終章に信長の独白は無い。光秀の独壇場である。
謀反人が誰かを知った信長が、瞬時に死の覚悟をしたほど「綿密」な男、明智光秀。
だが目的を達した後、全てが後手後手になっていく。
本能寺後、秀吉に討たれるまでの数日間、「またしても先を越された」と何度も悔悟の念に苛まれる光秀。
補佐役からトップに立った途端、それまでの彼からは考えられないほど稚拙な失敗を繰り返す。
彼ほど用意周到な男が事もあろうに「準備不足」で、泥のように破滅していく様は、背筋が寒くなった。
私は魅入られるように読んだ。光秀というより、自身の姿のように思えたのだ。
「いかがいたしましょうや、上様」
自らの手で討った主君の幻にそう問いかける姿は、胸を衝いた。
さっきも書いたように、光秀が本能寺の変に至るまでの心情の私の解釈は、この小説とは少し違う。
しかし、最終章は、私のイメージしている光秀像にかなり近い。
自らの意思で「敵」にした信長を最後まで、上様、信長様、と呼ぶその性格描写も、さりげなく見事だ。
最悪の敵。しかしかつては自身の「長所」を見抜いてくれた唯一の、最大の理解者でもあった恩人。
光秀の、信長に対する心情を想像すると、なんとも哀しい気持ちになってしまう。
本能寺では敗者の信長が、炎の中で、華やかといってもいい最期を遂げたのと対照的に、勝者のはずの光秀は、その後の山崎の合戦で敗走中、落ち武者狩りに遭って死んだと伝えられる。
一瞬とはいえ天下人となった男の最期としては、あまりにも無惨だ。
よく小説やドラマで、信長は「太陽」、光秀は「月」にたとえられる。
太陽を落としてしまった月。 光を消してしまった影。
光を無くした影は、もはや影ですらなく、そこにはただ闇があるだけかもしれない。
天下の知将明智光秀にわが身ごときを重ねるのは僭越に過ぎるが、私が光秀を好きなのは、彼の「弱さ」に共感する部分が多々あるからだ。
知将といわれた光秀が、なぜ本能寺「後」の事を考えなかったのか。
彼ほどの男が予測していなかったとは思えないし、予測していたとしたら、その後の戦略の稚拙さと準備不足はあまりにも彼らしくない。
色んな説が本になっている。私はその色んな説を楽しく読み比べているだけのミーハー歴史ファンなので、どの説が正しいかは勿論分からない。
しかし、子供の頃から「太陽と月にたとえるならば、月」と評されてきた私は、ふと思う。
彼は、一度だけ太陽になってみたかったんじゃないかな。
だけど、自分は決して太陽になんかなれない事も、わかってたんじゃないかな。
決してなれないのに「なった後の準備」なんて、私なら、しないけどなあ。
本物の歴史愛好家の方々に怒られそうな、そんな感想を持ってしまうのだ。
本日の一曲:「荒城の月」滝廉太郎