104枚の原稿用紙
これは小学四年生国語の教科書の1ページ
光村図書出版の国語の教科書を採択している小学校は全国の8割だそうだ
私がまだ小学生だったころ
この無人島の絵は、5年生の教科書に載っていた(と思う)
というのは、5年生の頃の担任のY先生がある日
「この絵をもとに、皆、自分の小説を書きなさい。」と言ったのだ
Y先生はえんじ色の枠の20×20マスの原稿用紙を
どっかりと教卓の上に置き
「原稿用紙は一人何枚持って行ってもいい。
枚数制限はなし。書けるだけ書きなさい。
出来上がった小説は、先生が10年間預かって
みんなが20歳になった時に返してあげましょう。」と言った
学校から帰ったら、外に出て遊ぶくらいしかやることのない気楽な田舎の小学生のこと
原稿用紙を好きなだけ自宅に持って帰って
特にあらすじを考えたり構成を考えたりするようなこともせず
登場人物だけ決めて、原稿用紙を埋めていった
漠然と、100枚くらい書こうと思っていた
どれくらいかかったのか覚えていないし
どれくらいの期限を与えられていたのかも覚えていない
ようやっと書き終わって
全部の原稿にパンチ穴を開けて、画用紙で表紙を作って
ピンクのリボンを穴に通して、一冊の本に仕上げた
8枚しか書かなかった子もいたし、30枚書いた子もいた
私は結局104枚書いて
Fくんという男の子は120枚書いたと言っていた
でも小説は枚数を競うものでもなかった
「じゃあ、これは先生が10年間預かっておく。」と言って
全生徒分の小説を大切そうに抱えて
Y先生は次の年度、別の小学校に異動になった
そして中学生、高校生、短大生になって
あの小説が戻ってくる20歳という年をなんとなく意識しながら成長して
やっと成人式を迎えた
「Y先生はどんな手段であの小説を返してくれるのだろう。」と期待していたけれど
約束の10年目に小説は戻ってはこなかった
(あれ?)
それから更に数年経って
就職したり、カナダに住んだり、日本に帰国してまた就職したりしてしているうちに
なぜか母がしびれを切らしたらしく
「Y先生はいつになったらあの小説を返してくれるんだろうねっ!」と叫んだ
何かを思いついた我が母の行動は早い
市の教育委員会に電話をし、Y先生の連絡先を聞き出し
次の瞬間、母から私に渡された受話器の向こう側に、Y先生がいた
そして次の日曜日
Y先生は10年前の小説を手に、私の家にわざわざ足を運んで下さった
「ああ、面影があるね。」が開口一番のY先生の言葉
私はお礼を言い、居間でお茶を挟んで思い出話や近況報告をした
Y先生が帰られた後、10年前の私が書いた小説を開いてみた
それは紛れもなく私の筆跡で、力強い鉛筆書きで書かれた104枚の原稿用紙だった
4人の少年少女が夏休みにイカダで航海にでかけ
渦に飲み込まれて無人島に漂流する
野宿をし、百合の根や野生のキノコを食べ
洞窟で白骨死体を見つける
落石にあって四人は離ればなれになり、一人は記憶喪失になる
というような、大アドベンチャーもの
内容は子どもらしい発想で溢れかえっていて「ありえない」ことが満載
でも、どうしてそんなことを書いたのか、よく覚えていた
子どもにとっての10歳から20歳という年月は変化の10年
10歳だった私にとって、20歳という年は遙か未来のことだった
今、大人になって10年という年月はあっという間に過ぎていく
Y先生は、そのことをよくご存知だったのだろう
感謝したいことは山ほどある
空想する時間を下さったこと
それを形にする機会を下さったこと
したいだけ思いっきりできる道具を下さったこと
10年後の私に思いを馳せて下さったこと
覚えているのは
教卓からもらう新しい原稿用紙の感触と、熱中した時間
「四人の冒険者たち」というタイトルのこの小説は
Y先生からいただいた宝物
今年、卒園式・卒業式を迎える子たちのこれからの10年が
何にも代え難い毎日で埋め尽くされていきますよう、お祈りしています!
Comments
いまさらながらすごい先生だったんだなあと思います。
最初の作文は、「す」とか「む」とかのくるっと回るところがうまくか書けなかったなあとか「ち」の縦棒が垂直だったなあとか「ふ」はどうしてもうまく書けなかったとか、いろいろ思い出しました。
でも作文書くのは結構好きだったなあ。。。
104枚は大作ですね。書きたいことがたくさんあったんだ。
書き出すと止まらないタイプですね(^^)。僕も昔からのってきたらどんどん書いちゃうほうなんですけど、読み返したら。。。です。文章研くのは嫌いじゃないけど、推敲するのって辛いから気力・体力のあるときにしかできないんですよねえ。。。
なんだか教室の机に座った時の視界を思い出しました。
小学校の教室に差し込んできた日差しと、木造教室のにおいが蘇ってきました。
すてきな先生、すてきなお母さまw
そして、原稿用紙に夢中のかわいい5年生。
作文はとても苦手でした。本を読むのは大好きだったのですけど。
何枚でも書いていい、といわれてもわたしは5枚書けたかどうかです。
子どものころに戻り、そして少し違う視点から自分を眺めることが出来る
ほんとうにすばらしい宝物ですね。
僕も小学生の頃に似たような話を書きました。学校の先生が預かってくれた記憶はないのが残念ですけれど。懐かしいなぁ。
いい話・・・ですが、
気になるのは先生が約束を忘れていたのかな?と・・。(すみません…)。
私も小学時代、壁新聞に挿絵入り短編を載せましたね。今も手元に残してます。
R画伯も卒業式・入学式の春ですねー。
お友達100人作ってほしいですね。
んちばさん、ありがとうございます。
小学校1年生の時の絵と作文ですか!すごっ。
それは、大大恩師ですねー。感動的です。
「す」と「む」と「ふ」は難物でしたね。あと「な」と「ね」も。
私は小学校1年生の時、「、」と「。」の区別がつかなくて
すべての文の区切りに「。」を書いていたのを覚えています。
先生には。かなり。読みづらかったかと。(←こんな感じ)
文章の推敲って、力要りますよね!
>体力あるときしかできない…って確かに、激しく同意です!
書き出すと確かに止まらないんですが、削る作業は、時間かかりますねー。
chocolate maniaさん、ありがとうございます。
>かわいい5年生
って、言われたの初めてです。5年生の時の私が聞いたら、きっと喜びます。
>すてきなお母さま
伝えておきます。言われたことないと思うので、きっと喜びます。
作文って、書きたいことないと書けないものですから
宿題や義務だったら、きっと私も書けなかったと思います。
夏休みの読書感想文とか、すごい苦手でしたー。
自由に好きなことを好きなだけ書ける場所があるのって、やっぱり大切なことですねー。
RRRさんも書きましたか!
「自分も書いたー。」と言って下さる方がいると思わなかったので、すごくうれしいですー。
ガイレイさん、ありがとうございます。
私も電話口で聞きました。「忘れてました?」と。
覚えてはいたんだけど、日にちだけが過ぎ去ってしまった、というような感じでしたねー。
今思うに、先生が返して下さるのを受け身で待たずに
先生10年経ちましたよー、と私達が連絡したほうが理に叶ってたなーと思いました。
10年も預かっていただいていたのですから。
教え子から連絡をもらって、先生もうれしかったみたいです。
(ひょっとして、それを望んでいらしたかも)
ガイレイさんも小学校時代の宝物をお持ちなのですねー。
ガイレイさん宅って、物持ちいいですね!
教え子からの連絡待ち…、あ、そういう視点ならいいですね。
先生は多忙ですから、なかなか大変なことでしょう。
物持ちがいい・・・捨てられない性分なだけです。
今はいろんなものを整理整頓している最中なんですよ・・・・物が多過ぎて…orz
ナイスな宿題ですねぇ~
そんな宿題だったら私も張り切っちゃうなー
バイトで小中高生と関わっていますが
そんな粋な課題を出してくれる先生に出会えたらいいねと思いました。
素敵エピソード。
それにしても、記憶喪失になった一人と三人の仲間の
その後の展開がきになりますがw
続きはwebで。
先生ってつくづくご多忙ですよね。
生徒を見守るのって、責任も重いですが中々ステキなお仕事だと思います。
春は何かとモノを片付けたくなりますね。
我が家もちょっと気を抜くと、色々なものが積み重なっていて愕然とします。
まずは埃から…。
necoさん、ありがとうございます。
necoさん張り切って大論文書きそうー。
小中学生ってちょっとつきあってみると
一人ずつ何か真剣に考えてたりしますよねー。
ちょっとずつ違う個性がかわゆい。
みんなよい先生との出会いがあると良いね。
necoさんもいつの日かきっとその少年少女たちの思い出に加わることでしょうー。
gnsnwwwさん、ありがとうございますー。
落石で記憶喪失になった少年Bを心配した少女Aは
「そうだ!記憶喪失になった原因と同じ状況を作れば
記憶が戻るって、何かで読んだ!」と言って
少年Bの背後から、大きな石で頭をガツンと!!
すると次の瞬間、少年Bの目に光が戻って…。
…このように、冒険小説は小学生らしい発想に充ち満ちていました。
昔、記憶喪失って、あちこちで流行ってたんですよねー。
いいお話読ませて頂きました。
読みながらなんだか涙ぐんじゃいました(泣笑)
こんな先生にめぐり合いたかったなあ・・・
春なので、ちょっと昔を思い出してみましたー。
きっとriemyさんにも、思い出に残る先生がいらっしゃると思ってます。
先生って、一人一人にとって特別な存在なんだなーと、今回改めて感じました。
はじめまして。yasuyukiさんのブログからここに・・・本当にいい話ですね。
でも、5年生の教科書にあったものが、今は4年生の教科書に、ということでしたが、4年生の精神年齢で、この宿題は難しいかも知れないですね。
いい教材をどう料理するかも先生の腕の見せ所でしょう。4月から長男が小学校の先生になります。この話、今度読ませようっと。
いい話ですね。
泣けてきました。
いい先生にめぐり会えて、何よりですね。
mayakoさん、はじめまして。はるばるご訪問、ありがとうございます。
この教科書のページは本当は「みんなで話し合ってみよう。」という題材だったということを、大人になって初めて発見しました。
でも、Y先生は「物語をみんなに書かせよう。」というふうに、まさに教材を生かした使いかたをされたようです。
小学校の発表会のシナリオなどもこの先生が担当されていたので、多分ご本人も書く事が相当お好きだったと思います。
4月からお子さん、小学校の先生ですか!
すばらしく記念すべき春になりますこと、お祈りしていますー。
この話、Dedicated to Akiraさん、です。
子どもの頃の思い出って、学校のことも生活のことも全部ひっくるめて思い出ですし、
それが熟成して大人になった時にふんわりと薫ってくるのかも、と思います。
Akiraさんのお子さんが、これから色々な思い出をたっぷり作って行かれること、
お祈りしています!
とても、うれしく思います。
ありがとうございました。
いえ、私も長い人生の中で何がベストなのか、すぐにはわからないのですが。
お子さんの一番を考えてあげるお父さんは、ステキです。
いい先生にめぐり合えてよかった^^
ブギーポップさん、ありがとうございます&ようこそ。
はい!今思い返しても、ものすごく熱中して、楽しかったです。
小学校の時の先生は、みんな好きですねー。
ありがとうございます。
今度この教材のことも話してみたいです。
小学校の先生は、オールマイティーに全科目教えないといけませんから
とても大変なお仕事だと思いますが、素晴らしいお仕事ですよね!
とにかく体力勝負だと思います。
ぜひ、よろしくお伝え下さい~。