中世の時代のことだったかそれよりずっと以前か
自分の本当の名前を知られてはいけない
という通念があった
真の名を知られてしまったら
その人は魔女の意のままに操られてしまう
普段使う名は通り名で
真名(まな)はごくごく親しい者にだけ打ち明けるもの
そして誰かの真名を知ったとしても
往来で軽々しくその名を呼んではいけない
真名を呼ぶこと
それはすなわち求婚を意味する
そういう言霊の存在が信じられていた頃があった
私の名付け親は私の伯父で
今はもう亡くなってしまったが
大変魅力的な声の持ち主で
子ども心にも惚れ惚れするような色香を持ち
女性が放っておかない男性だった
その伯父が
「この名前は大人の女性になったらもてるぞう」
と言いながらつけてくれたのだそうだ
さて私はお言いつけ通り大きくなり
両親以外で私の真名を気軽に呼ぶ人は少なかった
なぜならば
私の真名は甘い響きを持ち
私の我の強さとうまく調和しなかったからだ
「苗字で呼ぶべきか」「下の名前で呼ぶべきか」を
知り合った人は皆、無意識に考え、そして選ぶ
私の性格には私の苗字がよく似合った
固くて、響きが重く、遠い感じがする
外国で知り合った人は皆
私を下の名前で呼んだ
でも、彼らが呼んだのはただのアルファベットの音の並びで
漢字で縁取られた私の真名ではなかった
ある日
私の真名を呼んだ人がいた
その瞬間、伯父の声が聞こえた
伯父が私にかけた呪文がすうっと空中に舞い上がり、消えた
入れ替わりに私はその人に応えた
私は知らなかった
私の名前の本当の響きが
自分を覆いつくすものだったこと
私の名前を呼んでくれて
ありがとう
Comments
今でも人を敬称とか役職名などで呼ぶことが多いのは名前を呼んではいけないという古くからの習慣の名残だと聞いたことがあります。
名前で呼ぶって特別なことですよね。やっぱり。
ステキなおはなしですne!
私も自分の性格と名前の漢字から連想されるイメージが合ってないんですよねー
親のイメージ通りに育ってなくて申し訳ないような、でもどーしようもないじゃなない、というような...
う~ん、やられた。
(要するにお惚気告白ですか。)(^^)
その距離感が名前の呼び方を変えることによって変化していくのも素敵なことですよね。
このためらいやもじもじ感がたまりません。
自分の名前って、なんかのきっかけで「あ、自分自身だったんだ」ということを発見する瞬間がある気がするのです。
そういえば
私の生徒で5才の子どもが、私の下の名前が好きで好きで「わたしもその名前になりたい!」と言ってきたので、「ああ、じゃあ交換しましょう。今日から私はあなたの名前をもらうね。」と言ったら、フリーズして、「いや!!!」とガンとしてはねつけたので、笑ってしまったことがありました。
あ、わかってしまいましたか?
実はラブレターです。うふふ。
あとで私も名前について記事を書こうかなぁ~
SPECIAL THANKSをえびさんに★
私もどう考えても名前とキャラが合ってないので、相手が誰であろうと名前で呼ばれると痒くてたまりません。
なので「ねえ」とか「ちょっと」とか呼ばれる方が自然だし、最近はHNで呼ばれる方が本名よりよっぽど自分の名前っぽい気がする^^;
しかしたまには名前で呼んでもらうと、その「痒さ」がいい、なんて思うのかしら?(笑)