ハイジ
アルプスの少女ハイジは小さい頃楽しみに毎週見ていたアニメだった
その後再放送されたものを何度か見て
つい最近もBS2で早朝に2話ずつ放映されていたものを
早起きして朝ご飯を食べながら見て、元気をもらって出勤したりしていた
大好きな話だったので
大人になってから原作を買って読んだりもしたし
ユキちゃんとピッチーのぬいぐるみも持っている
それで最近は、仕入れたAudible Bookの朗読を一通り聞いてみた
小さい頃は、TV画面の中に入りこんで
ハイジと一緒に山に登ったつもりになっていて
ヤギと遊んだのも、もみの木の音を聞いたのも
すっかり自分が経験したことのように感じていた
小さい頃はただ「デーテおばさんって勝手すぎる」とか
「ロッテンマイヤーさん、きらい」とか素直に怒っていたけれど
大人になってからこの物語を再読すると
ハイジをおじいさんに預けざるを得なかったデーテおばさんの苦悩とか
何でも揃う都会で暮らすことにすっかり慣れてしまったロッテンマイヤーさんとか
理解もできるし、同情もできる大人になった自分がここにいる
原作の中ではおじいさんの生い立ちについても触れられていて
おじいさんは若い頃、酒やギャンブルに溺れていた時期があったらしい
それで悪い評判がたち、若き日のおじいさんは村から逃げるように兵役についたそうだ
若き日のおじいさんは結婚して間もなく奥さんと死に別れ
おじいさんの一人息子(ハイジのお父さん)は腕の良い大工に成長するが
ハイジが生まれるとすぐ、彼は角材の下敷きになって亡くなり
ハイジのお母さんは、その後を追いかけるようこの世を去ったそうだ
子どもの目からしてみたら
アルムおんじは、頼りがいのある心の優しいおじいさんとしか映らず
アニメの中では言及していなかったし、多分言及されたとしても
きっとその心の奥底まで窺い知ることはできなかっただろう
だから、大人になってからの再読で
そういう背景を知り、理解できる自分を発見すると
おじいさんの姿がより身近にせまってくる気がする
ところで、ハイジのお母さんの名前はアーデルハイドといって
これはロッテンマイヤーさんが、常にハイジのことを指して呼んでいた名前である
最後の「ハイド」が「ハイジ」のことで
ハイジというのは、アーデルハイドを短くした愛称らしい
ついでに言うとアーデルハイドというのはドイツ語で
これを英語読みに直すと、アデレードだそうだ
アニメを見ていた頃は「アーデルハイド」と「ハイジ」って
全然違う名前すぎる!と思っていたけれど
掘り下げてみると色々な発見があって面白い
この物語で、大人になってからふと気が付いたのは
ペーターもクララもハイジも
皆、お父さんやお母さんが不在であるということ
ヨハナ・スピリ(1827-1901)がこの物語を書いた頃には
そういったことがごく当たり前だったのかもしれない
戦争や貧困、疾病など、死に直面する機会は現代よりもはるかに多かっただろう
実際、ペーターのおばあさんは(栄養失調か看護不全のため)盲目であり
ハイジはアルムへ帰りたいという希望を誰にも言えず、夢遊病になり
クララは車椅子の生活をしている
(これは母親を失ったことからくる、神経的なものではなかったのかと憶測されている)
ペーターは同じ年頃の子と遊ぶこともなく、家計を助けるために山羊飼いをしている
10歳くらいの子が毎日山の上でたった一人で時間を過ごすことは、さぞ孤独なことだろう
原作の後半でペーターは、ハイジの家を訪れたクララの存在に嫉妬し、彼女の車椅子を壊してしまう
豊かな大自然を扱った作品のようでいて、実は人間の心の弱さや愚かさについても
多く扱っている作品なのではないかと、今回の再読でしきりと考えさせられた
この物語の中で、いちばん印象深かったのは
クララの住むフランクフルトからハイジが住んでいたデルフリ村までの距離の遠さ
Google Mapで追いかけてみると、たった500km程度の距離なのだけど
フランクフルトからドイツとスイスの国境のバーゼル
それからマイエンフェルト、そしてデルフリ村
朝早くフランクフルトを出発してバーゼルで一泊して
電車を乗り継いでマイエンフェルトへ
まる2日かかる行程
距離的には東京―大阪か、大阪―福岡というところかな
今では日帰りで簡単に往復できる距離だけど
昔はほんとうに遠かったんだろう
もう少し老人になって読み返したら
今度はクララのおばあさんやペーターのおばあさんの気持ちも
理解できるようになるのかな、と考えた
「アルプスの少女ハイジ」の再読でした
Comments
なんという原作の設定の奥深さ( ゚Д゚)
これは、ちょっと読んでみたいかも。
けど、原作どおり忠実にアニメで再現したら当時のコドモ(わたしたち)には
ここまで受け入れられることはなかったかもしれませんね。
僕は現役時代(?)は、ハイジの裏のヤマトを見ていたようで、アニメのハイジは通しで見たことがありません。
だからもちろん原作の設定も知らなかったのですが、読んでみたくなりました。
やっぱり大人の気持ちで見ています。どちらかというとハイジみたいな子がいたらいいなあという感じで。読み方見方は年齢とともに変わるものなのですね。
(蛇足)
朝のアニメはハイジの後がアンで、こっちは録画して毎日見てしまいました(笑)。セリフがすぐ出てくるくらい何度も見たせいか、えびさんが紹介されたオーディオブックを聴くとところどころわかっちゃったりして不思議です。英語は全くと言っていいほど聞き取れないのに(^^;。
「ヤマト」は再放送から火がついたらしいですね(大人になってから知りました)。
因みにこちらでは田舎にありがちな「時差放送」wでしたので両方見れましたww
あっ全然関係ない話でした、ごめんなさい、えびさん(´・ω・`)
PointGuardさん、ありがとうございます。
>原作に忠実にアニメで再現したら…
そうなんですよー。
実際には、ヨーロッパになくてはならなかった宗教や訓戒が
物語のかなり多くを占めているのですが
アニメ版ハイジは日本のよい子たち向けに、とてもいい感じに作られてます。
アニメ版ハイジって若き日の高畑勲氏プロデュース作品なのですが
原作では一行くらいしか触れられていないものを上手にイメージを膨らませて
綿密に作りこまれているなあと、感動しました。
改めて、高畑氏って昔から非凡だなあ、と。
そうですよねー。
どの世代でも共感できるものがある物語って、ごまかしてないなって思います。
昔、子どもがハイジのTV番組を見ていた時に、一緒に見ていたお父さんやお母さんも
もっと別な視線で、何かを感じていたんじゃないかなと思います。
んちばさん、ありがとうございます。
去年の暮れ、ハイジやってたのですか。けっこう何回も再放送やってますね。
20代の同僚も「クララが立った!」の部分だけは知ってるので、びっくりしてます。
あ、んちばさんはハイジみたいな子がいたらいいなあという目線なのですね。
私はもうあの山に登ってヤギと遊びたくて遊びたくて。
赤毛のアンのアニメも人気高いですよね。
私は残念ながらリアルタイム放映中には別のものに熱中していたようです。
(多分Pレディーか999かと)
アンのオーディオブック、不思議と言っていることが理解できる、というのわかります!!
私はミーガン・フォローズ主演の映画のほうを何回も見たので
言い回しとか細かい単語とか「そうそうー!そう言ってたー!」とうなずきながら聞いてました。
今回のハイジもそうですが、キャラクターのイメージが自分の中でしっかり確立されている作品ほど朗読は聞きやすいなあ、と思いましたねー。
雰囲気でわかってしまう、という。
PointGuardさん、再びありがとうございます!
んちばさんのコメントを見て、私も「あれー、ヤマトってそんなに早くから放映されてたんだっけ。私もヤマトはリアルタイムで見ていた気がするのにー。」と思っていて、調べ始めるところでした。
そうかー、私が見ていた「古代くんっ!」や「スターシャ」は再放送なのですね。納得。
うちは兄がいて、TVは一台だけだったので、見ていたアニメ番組はすごい幅があります。
あのTVがすべてだった時代に、一台だけだったTVって、妙に神々しかったですね。
前に自分のブログでも書きましたが、イタリアでハイジが放映されていて、ハイジが「チャオ、ペーター」と手を振っていたのを見ました。言葉が違うって結構違和感でした。
おじいさんがギャンブラーだったと、かなり大人になってから知りました。コドモの頃に知っていたらどういう風に思ったんでしょうな・・・。
あ、その記事覚えてますー。
ディズニーのDVDとかって、フランス語吹き替え版とか英語吹き替え版とか
一緒に収録されてて、日本語字幕つけながら他言語を聞けるアニメが増えてますね。
「ニーモ」とか「千と千尋の~」とか、だったかな。DVDのオプション画面ぽちぽち選択して、二倍楽しんだ記憶が。
できれば今後、そのスペシャル吹き替え版も一緒に収録したハイジDVDを出していただきたいですねー。中国でも人気だそうなので、「ニーハオ、ペーター」とかどうでしょう。
そうそう、私も「おじいさんに、やさぐれてた時代が!」と知った時は、ちょっと衝撃でした。子ども時代に「ギャンブル」と聞いても、きっとピンとこなかったことでしょう。
なんだ?ギャング?とか。