Julius Caesar Jacob
ジュリアス・シーザー・ヤコブ?
偽名だ。ぜったい偽名だ。
という私の疑念のもと
70歳のこのユダヤ人のおじいちゃんに日本語を教えることになったのは
15年も前のカナダでの出来事
ユダヤ人の歴史や背景については
決して詳しくはないのだけれど
知人にユダヤ人が何人かいて
揃いもそろって絵に描いたように頑固で
プライドは崖の上にそびえたっている
ジュリアス・シーザーは、古代ローマの偉い人
旧約聖書ではユダヤ人は皆ヤコブの子孫であるという
ある日私の勤務先を訪れた
ジュリアス・シーザー・ヤコブ爺さんは
眼鏡の奥でユダヤ人独特の目をぎらぎら輝かせて
日本語を学びたいと思った動機をこう語った
「私はね、ヨーロッパのすべての言語が理解できるんだ。
ブルガリア語もハンガリー語もギリシャ語も全てだ。
だがね、日本語というものを最近よく耳にするのだが
まったく理解できないのだよ。それがたいへん耳障りなんだ。
イライラするんだよ。なぜこの私が理解できない言語があるのだ!」
そう言った次の瞬間、ジュリアス・シーザー・ヤコブ爺さんは
事務所の電話の受話器をとって誰かに電話をかけ始めた
私が同僚と顔を見合わせて唖然としている間も
ジュリアス・シーザー・ヤコブ爺さんは延々と電話を続けた
やがて電話を切ってこう言った
「どうかね?私のブルガリア語は?」
こうしてジュリアス・シーザー・ヤコブ爺さんに
日本語初級コースを教えることになった
ジュリアス・シーザー・ヤコブ爺さんは
Wの文字を見ると「ヴァ」と発音する
ドイツ語系の訛りの持ち主
レッスン1の「わたし」と「あなた」でつまづいた
「WATASHI WA SEITO DESU.」 -I am a student.
ヴぁたしヴぁ、せいとです。
ジュリアスさん、日本語では「WA」は「わ」と読みますよ。
もう一度読んでみましょう。
WAは「わ」なのだね、わかったとも。やってみよう。
わたしヴぁ、せいとです。
「わたし」のあとの「WA」も「わ」と読みますよ。
もう一度読んでみましょう。
わたしのあとの「WA」も「わ」なのだな、わかったとも。やってみよう。
ヴぁたしわ、せいとです。
と、このようにレッスンは進んでいった。
とにかくやんちゃでやんちゃで
カレンダーの読み方を「ついたち」「ふつか」「みっか」と教えたら
「この無駄な活用はなんのためにあるのだ?
カレンダーを読む時以外にこの単語は使うのか?
ヨーロッパの言語ではこのような理不尽な活用はしない!
私は日本語で日付の活用を覚えることを永久に放棄する!」
と叫び
それでも私が「ビジネスで予定の交渉ができないと困りますよね」
と説得したら
しぶしぶ覚え始めた
「ふつか、フツカ、フッツサカー、Foot Soccer,
よし。ふつかはFoot Soccerと憶えれば簡単だ。ふつか、みっか。
Foot Soccerは、それで何日のことだったかな?」
などなど、今思い出しても漫才のようだ
ジュリアス・シーザー・ヤコブ爺さんは
レッスン毎にプレゼントを抱えてやってきた
あるときはチョコレート、あるときは造花のアレンジメントバスケット
あるときはカナダの水鳥のプリントTシャツ
そうして20回の初級コースが終了し
ジュリアス・シーザー・ヤコブ爺さんは
日本語という言語の存在を自分の中に許し
教室から去っていった
15年経って
我が家のタンスの引出しを開けると
ジュリアス・シーザー・ヤコブ爺さんがくれた
カナダのプリントTシャツがぴょこんと顔を出す
頑固で我が強くて
納得できないことには駄々をこねて大暴れして
でもプレゼントを持って教室に入ってくる時は嬉しそうだった
いつのまにか
人のタンスの中にいつまでも存在してしまうような
そんなおじいちゃんだったのだ
そしてカナダのプリントTシャツは
何回着まわして、何回洗濯機でまわそうとも
丈夫でへこたれず
今年の夏も、元気に我が家のベランダで風にはためくだろう
Comments
こんなふうな行動的な頑固じいさんになりたいです。
無理かなあ。。。
もちょっと高いところを目指せると思いますが・・・。
年取ったら頑固。だけど相変わらず興味のあることには首を突っ込んでみる。新し物好き。そんなのがいいなあと思うんです。
まあ、頑固さは年取らなくても十分にあるんですけど(笑)
私もめざせベット・ミドラーなんですけどね。
彼女もユダヤ系で、何しろチャーミング。
魅力ある年寄りになりたいですねー。