9 posts tagged “おしごと”
昨日、会社が移転したので
私たちも事務所の引っ越しをした
引っ越しと海外旅行は似ている
心構えをきちんとしておかないと
理不尽なしうちに心を打ちひしがれる点が
作業期間は2日間
両日、朝10時から晩の7時まで
まずは机の中、書棚、キャビネットの中ものを段ボールに詰めましょう
そしてパソコン本体、モニター、マウスやキーボード、ケーブル類をプチプチでくるみましょう
準備ができたら、コンテナーに積んで運び出しましょう
筋肉量の多い男性はがんばって運んでね♪
元気な女性も、もちろんがんばって運んでね♪
トラックに全部積み終わったら、引っ越し先に行って荷物を受け取って
新しい机やキャビネットに収納してね
それでおしまい
作業自体はシンプルなはずなのに、心身ともに感じるこの疲労感はなんだろう
午前中に歌を歌いながら段ボールを運んでいた同僚1
ずいぶん飛ばしているなあと思っていたら、途中で体調不良を訴え、そのまま午後半休
そういえば、オフィスで最年長だった
マスクを忘れた同僚2
何もつけずに梱包をしていたら、書棚からのホコリで顔が腫れた
不憫に思った同僚3がマスクを1枚わけてあげていた
ランチを終えて2、3時間経って、甘い物が欲しくなった同僚4
甘いものが食べたいなあー、と同僚5に訴えるが、
最近、パシリとして使われることに敏感になっていた同僚5に
「いま、忙しいので」と断られ、地団駄を踏む
その後同僚4は、同僚6と一緒に自主的に買い出しに出掛ける
一声かかると
カフェオレ、アイス、シュークリーム、アクエリアス、パフェ、コーヒーゼリー、と
甘いものを欲しがっていた人はたくさんいた
パソコンのキーボードのキーが1つだけ取れて、どうにも元に戻らなくなった同僚7
同僚8に助けを求めるが同僚8もどうにもできず、OA課に助けを呼ぶ
この間、同僚7は活き活きと書棚整理
待機時間に世間話を始めた同僚9と同僚10
「引っ越しの時は最前線で作業をする男性が好きですか、それともマイペースで作業している男性が好きですか?」
「最前線で作業している人が好きかな。むっちゃ休憩している人は、イヤ~。」
むっちゃ休憩していた同僚3名くらいが密かに傷ついた
最前線で作業するタイプの同僚10は
1日目、コンテナーに積んだ板にぶつかって裂傷を作り
2日目、声が潰れて筋肉痛でふらふらになって、荷物番を進んでおこなっていた
引っ越しの日を忘れていて電話をかけてきた別部署の責任者A
カレンダーはすでに段ボールの中ですが、日程の打ち合わせをされても…
これを3人くらいにやったらしい
KYのレッテルを貼られる
みんなの意見を聞きすぎると、かえって席順が決まらないからと、独断で席順をきめた課長
あまりの仕事のしづらさに、皆からブーイングをくらっていた
過酷な引っ越しの作業のせいで、実は課長も席順などもうどうでもよくなっていて
「課長、席変えますよ。」
「ええよ。」
の一言で、ほとんど全員が席を交代した
ものすごい本読みで、個人蔵書はオフィス随一の主任
新しいキャビネットを2つもらってウキウキと本を収納していたら、全然収納しきれなかった
同僚全員一致で、容量が2倍あるキャビネット2つと配置換えすることになった
蔵書を一冊一冊取り出して移し替えていた主任は、嬉し泣きしていた
兎にも角にも
昨日午後七時、引っ越し作業は無事終了~
引っ越しから得た教訓
1、喉の渇きと空腹とケガと筋肉痛に注意
2、おねだりは、相手が疲労している時を狙え
3、引っ越し先での本の収納は、一番最初にやらない
4、引っ越し時に水分と甘味を補給してくれる人は神様
5、引っ越し時の言動で人を傷つけない、勝手に傷つかない
引っ越しって、どうしてあんなに孤独になるんでしょう
疲労と空腹って、人間を追い詰めますよね
いろいろ、後々の職場関係に傷を残しませんように
さて、明日から新オフィスに通勤です
楽しい出会いを、最寄りの神社に祈願中
先週の出来事
The two cubs tried to divide the cheese into two pieces.
「二匹のこぐまはチーズをはんぶんこにしようとしました。」
この英文を和訳しようとして、ふと、
「はんぶんこ」
「半分こ?」
「半分個?」
「半分子?」
はんぶんこの「こ」ってなに!?
というぐるぐる迷路にはまった
「半分にしようとしました」でも意味が通じるのに「はんぶんこ」って何のこと?
私のどうでもいい質問にいつも笑顔で付き合う同僚
同僚:「とりかえっことかと一緒じゃないですか?」
私 :「ありさんとありさんがごっつんこのこ?」「おあいことかのこ?」
同僚:「ああ、そうかもです~」
私 :「はらぺこ」
同僚:「違いますね」
私 :「にゃんこ」
同僚:「違いますね」
私 :「おいかけっこ」
同僚:「それです。2人でなにかをすることなんですよ、きっと。」
確かに、芋羊羹が一本目の前にあって、それを半分にして自分一人で食べる場合
「羊羹をはんぶんこして食べた」
とは言うまい
言ったら、さみしい人になる
相手がいて初めて、はんぶんこ
さて、漢字はあるのか
国語辞典で「はんぶんこ」を引いても、出てこない
当然のことながら和英辞典にものってない
仕事場での出来事なので、我が仕事場には国文専門家がいる
同僚と2人でくるりと後ろを振り向いて
国語博士に
「博士、はんぶんこのこって、どんな漢字ですか?」
と聞いたら
「はんぶんこのこですか…。うーん…。」
と、しばらく考えこんだ後
「接尾語じゃないですか?」
という回答が返ってきた
「接尾語?接尾語って何?」
「えーとですね、言葉の後ろについて、意味を強める働きをするものです。
たとえばですね、こいつめ!というときのめは、接尾語です。」
そして、手渡された「大辞林」
こういう場合は「広辞苑」ではないらしい
~大辞林より~
「こ」 【接尾】
1. 名詞、動詞の連用形に付いて、「こと」の意を表す
例:「うそっこ」「なれっこ」「知りっこない」
2. 動詞の連用形に付いて、互いに~する、互いに~して競争するなどの意を表す
例:「背中の流しっこ」「駆けっこ」「にらめっこ」
3.擬声語・擬態語に付いて、語調を整えたり、意味を強めたりする
例:「ぺちゃんこ」「ぎっちらこ」「ぎいこぎいこ」
おおおっ
本日の疑問、すっきり解消
辞書を作った人って、えらいよねー、と同僚と2人頷きながら
博士にもお礼を言って
やっともとの仕事に戻ることができたのでした
めでたしめでたし
ムチャク先生
、元気かな
2年前、私の同僚2人と私とで、ボブの会を作った
ボブの会とはBOBの会である
私の同僚その1は日本人である。猪突猛進である。B型である。
私の同僚その2はニュージーランド人であった。おっとりしていた。O型であった。
私も瞬発力だけが武器のB型である。
というわけで同僚2人と私でB-O-Bすなわちボブの会を結成した
私と同僚その1は日本人だが、英文を紙の上に書くのが仕事だ
しかもB型の日本人が書く英文はそれはもう支離滅裂で
a も the も s もばんばん抜ける
その支離滅裂な英文をきちんとした英文に手直ししてくれたのが
このおっとりO型のニュージーランド人だった
彼の校正した文章は美しく
彼が話したり書いたりする英語はすばらしく控えめで機知に富んでいた
BOBの会はこのように、間に挟まれたO型の存在によって機能していた
しかし彼は日本に5年間滞在しながら
日本語は一向に上達しなかった
母国語に非常な誇りを持っている人の外国語の習得は遅い
母国語ならありとあらゆる語彙を駆使して
自分が考えていることを自由に表現できるのに
外国語となるといきなり「数の数え方」や「色の名前」など5歳児のボキャブラリーを覚えることから始めなければいけない
間違った発音を矯正されるリスクや
何かを表現しようと思っても表現できないストレスと常に向き合う
母国語は自我である
外国語の習得はまず自我の崩壊を覚悟しなければならない
「よろしくお願いします」は訳せないことを知るあの時の衝撃
さて、日本語の上達しなかったこのニュージーランド人が
2年前、大学に入りなおすという目的で自国に帰国していった
「大学で何を専攻するの?」と聞くと
「えーとね、にほんご…。」と答えた。
「ニュージーランドで日本語?」
「そです。」
「ニュージーランドに帰って大学に入りなおして、日本語?」
「そです。」
そういう選択肢もあるのか…
と、皆の胸にもやもやとしたものを残して
彼はニュージーランドへ帰っていった
こうしてBOBの会は解散となった
残ったB型2人は日本語が流暢な米国人に校正を依頼し
いい加減に校正された原稿にスペルミスを発見しては
地団駄を踏みながら2年を過ごした
すると先日、そのニュージーランド人がひょっこり会社を訪れた
南半球オセアニアの夏休みは12月で、2月が新学期
2ヶ月ほど日本にいるという
B型2人は涙を流して喜び、早速バイトを申し込んだ
ニュージーランドに帰る2日前まで、彼が英文校正をしてくれることになった
しかも、予想しなかったことだが
彼の日本語がものすごく上達していたことに驚いた
そうか、「学習する」という環境に身を置くことも
立派に語学習得の道に通じるのだと
今さらながら知った
今週からボブの会は復活した
ようこそ、お帰りなさい
2ヶ月間、またよろしくお願いします
今年も絵本選びの季節がやってきた
来期(2008年度)教材のための幼児向けの絵本の選定
さて日本のよい子たちのために
どんな絵本を教材に持ってこようかなと
おどろおどろしい童話を一冊ずつ眺めては
一人ほくそえむ
昨年までは創作絵本を手がけていて
その刑期が3月にやっと終わって
息をつく間もなく、今度はトラディショナルな民話ですよと辞令を受けた
トラディショナルですね
ということはあんなグリムやこんなアンデルセンを
教材にしてもいいということですねえ
それは腕がなります
と、脳内から在庫をひっぱりだしてきては
これはどうだあれはどうだと並べまくる
そして、煮詰まる
そしてまた煮詰まる、の繰り返し
なぜトラディショナル童話はこうもみんな
やれ首を切れだの体にバターを塗れだの
人間の本能に訴えかける内容ばかりなんだろう
そして、ああ、言葉で内容を理解できる年齢になるまで
絵だけで表現するにはちょっとわかりずらい内容のものばかり
喘ぎながら
雪の女王も捨てがたい赤い靴もやりたい
アリババはどうだ注文の多い料理店もやりたい
と脳みそがやりたいことでぱんぱんになる
ようやくリストアップされたうちの一冊が
グリムの「ラプンツェル」
ご存知の方も多いかもしれないが
ちょっと大人っぽい内容の絵本
参考に買った翻訳本は
イギリス・ケント州在住の
バーナデット・ワッツの美しい絵本
「ラプンツェル」はアジアでは「チシャ菜」と呼ばれる青菜
このチシャ菜をどうしても食べたいと願った奥さんのために
その旦那さんが、魔女の庭に栽培されているチシャ菜を取りに行く
魔女はチシャ菜と引き換えにその夫婦の間にできた子どもを貰い受ける
魔女に「ラプンツェル」と名づけられた女の子は
長いおさげ髪の美しい女性に成長する
彼女が自分のそばから離れることを畏れた魔女は
階段もドアもない高い塔のてっぺんに彼女を幽閉する
魔女は毎日、塔を訪れ、彼女に語りかける
Rapunzel, Rapunzel, let down your hair to me.
(ラプンツェル、ラプンツェル、おまえの髪の毛を垂らしておくれ)
ラプンツェルは長いおさげ髪を
窓の外の杭にひっかけて塔の下まで垂らす
魔女はそのおさげ髪を伝って、塔のてっぺんまで登っていく
というのが物語の冒頭
自分の娘を菜っ葉と引き換えに魔女に差し出した両親も
ラプンツェルを離したくなくて塔に幽閉した魔女も
この後見知らぬ王子と恋に落ちるラプンツェル自身も
エゴに振り回された愚かしい魔女や人間たちの物語
童話は、なぜ童話と括られてしまうのだろう
大人が子どもに語ってきかせるために作った話なのだから
人間としてどうしても拭い去れない苦しみや不条理が
盛り込まれているのが昔から語り継がれてきた物語
子どものために何かを削ぎ落とした本を
子どもは心から楽しまない、というのは真理
大人が読んで何かが心の中にこみあげてくるのであれば
それが真実を語った物語
子どもの心は頼もしいほど柔軟で豊か
私もあまり煮詰まらずに
何百年も前に書かれた物語の世界を堪能しよう
子どもの頃、シンシアって子がいてね
その子は石を集めるのが好きだったんだ
いっつも、いっつも地面を掘ってた
ぼくはそれが不思議でね
地面を掘ってるその子のそばで
どうして石が好きなの
どうして地面を掘るのって
いっつも、いっつも聞いてたんだ
大きくなってね、
シンシアは地質学者になったんだ
ぼくは心理学者になった
と、エルビスという笑いを誘う名前の
イギリス人が話してくれた
子どもの頃
友達と2人で「言語」を作りかけたことがある
「ぱぴぷぺぽ」の5文字だけですべての言葉を作ろう、と
「えんぴつ」は「ぴぴぷ」
「けしごむ」は「ぽぱ」など
名付けて「ぱぴぷ語」
ぱぴぷ語は、友達と暗号のように使った
忘れないように、ひとつひとつ対照表を作っていった
単語が色の名前に到達した頃、全部覚えきれなくなってやめた
ランドセルをしょって学校からの帰り道
友達に聞いたことがある
私たちはさあ、日本語って日本語のまま意味がわかるじゃない
英語を話してる人たちは英語は英語のまま意味がわかるんだよね
日本人が英語を英語のまま理解することって一生できないのかなあ
友達はうんうんそうだねえと言ってくれたが
その時、2人で答えを見つけ出すことはできなかった
大人になって私は語学関係に職を得た
子どもの頃の疑問には、自分で答えを見つけた
大人になって変わったことは
手段を手に入れたこと
こんなに年を重ねても
小学生の私と今の私は同じ人間なんだなあと思う
仕事で幼児向けの絵本を作っている
私が作っている絵本は英語を語り聞かせるためのもので
挿入する文章は英語だ
絵本を作る行程は楽しくも苦しい作業で
しかも英語の絵本というともうひと捻り入ってくる
当然のことながら絵本を作る側は日本人だ
物語を考え、下絵を作り、英文を起こすまでの作業が私
その下絵を素晴らしい作品に描き直して下さるのが
日本人のイラストレーターさん
この前、こんなお話を考えた
背中におんぶひもで子豚のぬいぐるみをしょった
ピンキーちゃんという子豚が公園に遊びにでかけるお話
イラストレーターさんはかわいらしい子豚を描いてくれた
背中にはおんぶひもでくくりつけられた子豚のぬいぐるみ
ところが、おんぶひもの結び方が記憶の中にあるものと違っていた
そしてイラストレーターさんに電話を入れた
そこで2人でアリ地獄にはまってしまった
「おんぶひもって、前はばってんで、後ろは二本線ではなかったですか?」
「おんぶひもって、後ろ姿もばってんでしたっけ?」
「背中がばってんになるのは、たすきがけではなかったですか?」
「結び目はどこにあるんでしたっけ?」
出版する以上許されないのが、事実と異なるイラストとスペルミス
いや、子豚が公園に出かけている時点で事実とは異なっているのだが
それはそれ、これはこれ
そして2人で「調べましょう」ということになって
私は仕事場で一本の紐とぬいぐるみをかき集めてきて背中にもぞもぞしょいはじめた
同僚たちがちらちらとこちらを見ながら失笑している
1人がWebで「おんぶひもの結び方」を探してきてくれて、ぬいぐるみを結び直してくれた
ああ!わかりました!
前がばってんで、後ろは子どもの背中とお尻に2本線、そして
ぐるりと前にまわして結び目は腰!
そこでアメリカ人に呼び止められた
「何してるの?」(←苦笑)
「え、ぬいぐるみおんぶ。子どもがお母さんの真似しておんぶするじゃない?」
「え、どうして?」
「え?アメリカ人の子どもって、お人形おんぶしたりしないの?」
「え?しないよ。ただひきずったり、抱っこしたりするけど?」
がーん
そもそも西洋の母親は子どもをおんぶする習慣がない
だから子どももおんぶを真似したりしない
おんぶひもって、アジア文化オンリーだったのだ
というわけで、イラストレーターさんにお詫びをして
おんぶひもは絵本から取り外すことになった
西洋文化だけを紹介する絵本を作っているわけではないのだけど
子豚に英語の名前をつけた段階で、文化的に矛盾している
子豚が「とんこちゃん」とかだったら、よかったかなあ
それにしても、残念だった。子豚に子豚のぬいぐるみをしょわせたかった
ああ、アジアの母たちは働き者だったのだ
私たちを背中にしょいながらあれやこれや家事をこなしたのだ
私たちはそのぬくもりを感じながら勝手に空とか眺めていたのだ
アジアの文化とアジアの母、万歳!
市場でお漬け物を買うと
お店のおばちゃんがビニール袋に入れて
きゅっきゅっと器用に輪ゴムで口を閉じてくれる
その輪ゴムが不思議なのだ
家に帰って輪ゴムを外そうとすると
ちょっと引っぱっただけで
輪ゴムがわっかのままつるんと取れる
うちの母親がとめた輪ゴムは
ちぎってしまおうかと思うくらい
がんこな輪ゴムなのに
あれは秘技だ
お豆腐やさんも煮物やさんもお花やさんも
知っているらしい
昔、ちり紙交換のおじさんが新聞紙をたばねて
くるくるぱっと荷造り紐で
結び目を作った
十字になった結び目は頑丈で
持ち歩いてもずるずると抜け落ちたりしないし
最後に残った端っこをひっぱると
結び目はするりとほどけた
あれも秘技だ
郵便やさんのおじさんも
紙のこより紐で
あれと同じ結び目を作っていた
ダンボールのゴミの日に
何度がんばってもあの結び目は作れない
しかたがないので
ベタベタと全面にガムテープを貼る
海のおじさんたちが集まる社交場に
必ず飾ってあったのが
額縁に入った「結び目」のコレクション
なんとか結び、かんとか結びという名前があるそうで
知り合いの海のおじさんたちは
何十ひょっとしたら何百通りの
結び目の作り方を知っていて
赤い顔でにまにましながら船に紐を結んでいた
とにかく「簡単に結べる」「自然にほどけない」
「ほどこうとしたらほどけやすい」ことが重要だそうだ
すべての基本はあれなのだな
何で「教えて」って言わなかったんだろう
市場のおばちゃんは聞いたら教えてくれるかな
輪ゴムをかけるたびに
違うと思い続けて数年・・・
高校生の頃、毎朝5時ごろ起きて
わが町の小さな郵便局の
早朝バイトに通っていた
5時50分頃、朝一番の便を載せた
赤い車が局にやってくる
大きな麻袋を何個か受け取って
郵便局の朝番のおじちゃん1人と一緒に
麻袋から取り出したお手紙たちを
住民の住所棚にほうりこんでいくお仕事
所要時間2人で約1時間
30分で終わってしまう時もあれば
1時間かかってもおわらない時もあった
7時になったらそのまま高校に向かう
そんな生活を2年くらい送った
バイト代は1時間500円だったかな
ひと月一万円くらいの収入になったので
母親はしめしめと、私に小遣いをくれなくなった
それから冬休みは
年賀状配達に駆り出された
雇われた臨時配達人(高校生)は5人くらい
本番の1月1日にむけて
1週間ほどトレーニングがある
大きな青地図をもらって
赤い自転車を一台もらって
郵便物の束をかばんに詰められ
これを午後5時までに
配ってきて下さい、と言われる
朝9時スタート
赤い自転車でわが町の坂をのぼり
林を抜け、田んぼを横切り
お手紙を届ける
わが町だから同級生の家にも届ける
たまに芋やみかんをもらう
5時までに終わらなかったことはなかった
毎日いいお天気が続いた
トレーニング中
わが町の住民の住所棚に
着々と年賀状が集まる
年賀状は1月1日まで住所棚に保留する
配っちゃ絶対ダメなのだ
たまにおっと年賀状だったよ、あやうく配るところでした!
という葉書もあるが
それはプロの郵便局のおじさんたちが
きちんと嗅ぎ分けて、きちんと振り分ける
年末に年賀状を必死で仕上げていると
あの雰囲気が漂ってくる
1月1日は郵便局の人たちにも
わが町の住人たちにも大切な
本番の日
カナダで日本語教師をしていた時
ジルさんという青白い顔の生徒がいた
職業は葬儀屋
髪は白に近い金色で腰まで届く長さだった
年は24歳で
その当時の私と同じ年だった
世の中にembalmingという技術があり
embalmerという職業があることを
トロントで初めて知った
様々な理由で亡くなった方の
体の血管から血液を抜き、そこに香油を注ぎ込む
葬儀まで、遺体が腐らなくてすむように
事故などで損傷の激しい遺体を
少しでも生前の状態に近づけるように施術する
ジルさんが仕事場で出会うのは
静かな静かなご遺体ばかり
彼女は
その物言わぬ人たちと向き合って
技術を施す職業の人だった
技術を施したご遺体は自分の作品となる
写真を撮り、ファイリングをする
ご遺体ごとに施す技術のレベルが異なる
TD=(Treatment of Dead)のレベルが1~4まで
1は人間の形をしている
4は人間の形をしていない
ご遺体が運ばれてくると
TDの判断をすることから始めるのだ、と語ってくれた
決して物静かな人ではなく
率直で激しい気性の人だった
「どうして」と聞いてみた
「どうしてこの職業につこうと思ったの」
うーん、と、金髪を一房くるくると指で弄びながら
薄い色の目でななめ上を見ながら答えてくれた
小さい頃から葬儀に興味があった
それがどんな文化でも
葬送の儀式は必ず存在する
人間には必ず死があり
国や文化が違えば、違う作法で葬られる
葬送には文化が凝縮されている
それにたまらなく興味があった
私が生きている間に
できる限り多くの文化の葬送をこの目で見たい
その人達が生きてきた文化を味わいたい
それが理由
と言っていた
1992年に日本の葬儀会社が
embalming の技術者を海外から誘致した
ジルさんが日本語を習っていたのは
技術者として日本で働くためだった