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このいえを うることは できないぞ。
このいえは、きっと りっぱに たっているだろう。」
たしかに さいみんやくのようにききました!
ベアトリクス・ポター著 石井桃子訳
むかしむかし、小さくてくろい男の子がいました
男の子の名前はちびくろさんぼといいました
お母さんの名前は、まんぼ
お父さんの名前は、じゃんぼといいました
くろまんぼは、さんぼにきれいで小さな赤いコートと
きれいで小さな青いズボンを作りました
くろじゃんぼは、市場へ行って
さんぼにきれいな緑の傘と
赤い靴底で赤い縁取りのあるかわいい紫の靴を買いました
ちびくろさんぼ、かっこいいでしょう?
中略…さんぼは四頭のトラに襲われ、服をすべてとられてしまいました
トラは誰がジャングルで一番えらいか口論を始め
ヤシの木のまわりをぐるぐるぐるぐる回り
ついに、溶けてバターになってしまいました
くろじゃんぼは溶けたバターを大きな壷の中に入れ
くろまんぼはそのバターで、たくさんのホットケーキを焼きました
くろまんぼは二十七枚
くろじゃんぼは五十五枚
ちびくろさんぼはとてもお腹が空いていたので
百六十九枚もホットケーキを食べました
おしまい
by Helen Bannerman (1899) ー原文から
訳:えび
「ちびくろさんぼ」はスコットランド出身のヘレン・バナーマン(1862-1946)が書いた作品
英語のタイトルは ”The Story of Little Black Sambo”
バナーマンが生まれた1862年というと
1868年が明治元年だから、日本はまだ江戸時代
1856年ごろから1947年までインドはイギリスの統治下に置かれていた
バナーマンが家族と一緒にインドを訪れたのはそんな時代
Little Black Samboの話はインドで執筆され1899年に出版された
賢くて、活き活きと行動するインド人の男の子、サンボの話を
バナーマンは自分の子どもに贈るためにイラストを添えて書いた
日本で岩波書店が「ちびくろ・さんぼ」の絵本を出版したのは1953年
こちらはフランク・ドビアスというアメリカ人のイラストレーターが描いたバージョンで出版された
さて、そして、1988年に「ちびくろ・さんぼ」は日本で絶版になった
当時、そのニュースを聞いて「なぜ」を探って文献を読んでみても
なんだかさっぱりわからなかった
要は「サンボ」という名前が黒人全般の蔑称に当たるということだった
絶版になってから数年の間は、ちびくろさんぼファンの間でいろいろな試みがなされた
「さんぼ」という名前が差別的なら、チビクロという名前の犬が散歩する話はどうだろう
という発想で出版された「チビクロさんぽ」
本屋で目にして苦笑したが、あのわくわくする設定の、トラが溶けたバターでホットケーキを作る話を、子どもたちに語り伝えたいと一生懸命考えた人がいたのだろう
そして、10年の歳月がたち「ちびくろ・さんぼ」は
1999年に径(こみち)書房から、2005年に瑞雲社から再刊され
書店でも平積みされているのを見かけるようになった
復刊はとてもうれしかった
ところが最近、20年前と寸分変わらない内容の「ちびくろ・さんぼ」を読み返してみて
こういう紆余曲折を踏んできたからこそ、ちくり、ちくり、と気になるところがでてきた
フランク・ドビアスのイラストって、インド人には見えないなあ
もちろん、赤、青、緑、紫、黄、黒という原色をふんだんに使ったことが
この物語が子どもに深く愛された要因なんだろうけど
Blackという言葉が連想させたイメージって、昔は全部ごちゃまぜだな
大体、肌の色が人の名前につきまとうのって、何よ
というのが、もやもやの理由
フランク・ドビアスもヘレン・バナーマンも
私の祖父母よりも昔の時代に生きた人たち
社会通念が異なっているのは当然といえば当然
昔、訪れたことのあるスリランカのシンハラ人のお母さんは
私の肌の色を指して、”fair”(明るい色)
自分の娘の肌の色を指して、”dark”(暗い色)と言っていた
違う肌の色について会話をするときに、繊細な心遣いをするお母さんだった
「ちびくろさんぼ」という名前はそのまま残って欲しい、と
絶版の憂き目に遭った20年前は思っていたけれど
じっくりと向き合う時間をもらって、考えが変わってきた
もうそろそろSamboの名前から、Blackを取ってあげてほしい
そんなことを考えているうちに
1996年に、フレッド・マルチェリーノという方のイラストで
“The Story of Little Babaji”(小さなババジくんの話)が出版されていることを知った
物語の筋はヘレン・バナーマンの話そのままで
「サンボ」が「ババジ」という名の少年になって
お母さんの「マンボ」が「ママジ」
お父さんの「ジャンボ」が「パパジ」という名前になった
日本では「トラのバターのパンケーキ」というタイトルで
1998年に発売されている
ホットケーキもパンケーキになって
言葉も絵も世代交代の時期を感じさせる
「ちびくろ・さんぼ」の話は名作だと思う
あんなに色彩豊かで、ストーリー運びにドキドキして
いつまでも記憶に残る話にはなかなか巡り合えない
「ちびくろさんぼ」と口にしたときの、かわいい響きも大好きだった
でも、これからこの話に出会う子は
「ちいさいババジくん」を「ちいさいババジくん」として
愛していくのだろう
物語が読み継がれ、語り継がれて、いつか、この小さな男の子が
その肌の色で呼ばれなくなる時代がくることを、心の底から願ってる
今年も絵本選びの季節がやってきた
来期(2008年度)教材のための幼児向けの絵本の選定
さて日本のよい子たちのために
どんな絵本を教材に持ってこようかなと
おどろおどろしい童話を一冊ずつ眺めては
一人ほくそえむ
昨年までは創作絵本を手がけていて
その刑期が3月にやっと終わって
息をつく間もなく、今度はトラディショナルな民話ですよと辞令を受けた
トラディショナルですね
ということはあんなグリムやこんなアンデルセンを
教材にしてもいいということですねえ
それは腕がなります
と、脳内から在庫をひっぱりだしてきては
これはどうだあれはどうだと並べまくる
そして、煮詰まる
そしてまた煮詰まる、の繰り返し
なぜトラディショナル童話はこうもみんな
やれ首を切れだの体にバターを塗れだの
人間の本能に訴えかける内容ばかりなんだろう
そして、ああ、言葉で内容を理解できる年齢になるまで
絵だけで表現するにはちょっとわかりずらい内容のものばかり
喘ぎながら
雪の女王も捨てがたい赤い靴もやりたい
アリババはどうだ注文の多い料理店もやりたい
と脳みそがやりたいことでぱんぱんになる
ようやくリストアップされたうちの一冊が
グリムの「ラプンツェル」
ご存知の方も多いかもしれないが
ちょっと大人っぽい内容の絵本
参考に買った翻訳本は
イギリス・ケント州在住の
バーナデット・ワッツの美しい絵本
「ラプンツェル」はアジアでは「チシャ菜」と呼ばれる青菜
このチシャ菜をどうしても食べたいと願った奥さんのために
その旦那さんが、魔女の庭に栽培されているチシャ菜を取りに行く
魔女はチシャ菜と引き換えにその夫婦の間にできた子どもを貰い受ける
魔女に「ラプンツェル」と名づけられた女の子は
長いおさげ髪の美しい女性に成長する
彼女が自分のそばから離れることを畏れた魔女は
階段もドアもない高い塔のてっぺんに彼女を幽閉する
魔女は毎日、塔を訪れ、彼女に語りかける
Rapunzel, Rapunzel, let down your hair to me.
(ラプンツェル、ラプンツェル、おまえの髪の毛を垂らしておくれ)
ラプンツェルは長いおさげ髪を
窓の外の杭にひっかけて塔の下まで垂らす
魔女はそのおさげ髪を伝って、塔のてっぺんまで登っていく
というのが物語の冒頭
自分の娘を菜っ葉と引き換えに魔女に差し出した両親も
ラプンツェルを離したくなくて塔に幽閉した魔女も
この後見知らぬ王子と恋に落ちるラプンツェル自身も
エゴに振り回された愚かしい魔女や人間たちの物語
童話は、なぜ童話と括られてしまうのだろう
大人が子どもに語ってきかせるために作った話なのだから
人間としてどうしても拭い去れない苦しみや不条理が
盛り込まれているのが昔から語り継がれてきた物語
子どものために何かを削ぎ落とした本を
子どもは心から楽しまない、というのは真理
大人が読んで何かが心の中にこみあげてくるのであれば
それが真実を語った物語
子どもの心は頼もしいほど柔軟で豊か
私もあまり煮詰まらずに
何百年も前に書かれた物語の世界を堪能しよう