9 posts tagged “言語”
「ドイツ語とかけて、青春ととく、そのこころは?」
「性に悩みます。」
橋本政義著 「ドイツ語名詞の性のはなし
」 まえがきより
ドイツ語学習、最初の壁らしきものにぶちあたった
名詞の性が男性名詞、女性名詞、中性名詞、と3種類あり
正確な文を作るにあたって、形容詞のついた文も、複数形の入った文も
これを覚えていないと、にっちもさっちも行かない
男性名詞ではder
女性名詞ではdie
中性名詞ではdas
英語のtheにあたる定冠詞を、名詞の前につける必要がある
das Bier
ビールは中性名詞、というのは刷り込まれた
der Wein
ワイン、紅茶、コーヒーなどの飲み物は男性名詞らしい
die Suppe
スープは女性名詞
ここらへんは、ふーん、そうなのか、とやりすごした
さて、基本に返って、
der Vater
お父さん、は男性名詞
die Mutter
お母さん、は女性名詞
das Kind
子ども、は中性名詞なのは、なんとなくわかる
das Madchen (ウムラウト省略)
少女、も中性名詞
なるほど、女性として花開くまでは中性、ということか
die Sonne
太陽が女性名詞…スペイン語では男性名詞(el sol )
der Mond
月が男性名詞…スペイン語では女性名詞(la luna )
同じヨーロッパの言語でも単語の性別は異なる
目が中性名詞
鼻が女性名詞
口が男性名詞?
むうう…
der Busen
乳房が男性名詞、というところまでくると、おかしさがこみあげてきた
これは、男性、女性、中性という名前に振り回されているだけなのではないか
ひょっとしたら、性別というのは、実は全然関係ないのではないか、と思い始めて
冒頭で引用した本を一冊、図書館から借りてきた
名詞の性の解説だけで139ページ…
これは奥深い…
曰く
「文法上の性についても、その成立の基礎になったものは、人間や動物の自然の性である。
…(中略)つまり事物や概念には、類推によって文法上の性が与えられたものと考えられる。」
ヘルマン・パウル「言語史の諸原理」より
おっ…
ということは、やっぱり性別の特徴をもってして、名詞の性というのは分類されているのだ
「具体的には比較的大きい物、強力なもの、能動的なもの、堅固なもの等には男性が与えられ
比較的小さい物、弱々しいもの、受動的なもの、やわらかなもの等は女性になり
未発達のもの、集合的なもの等は中性である。」
サメ、イカ、タコ、マグロ、ナマズ、イワナ、ニシンは男性名詞
フナ、マス、クラゲ、イソギンチャク、ホタテ貝、カキ、カニは女性名詞
ふむふむ
「太陽と月について比べてみると、北方の民族にとって太陽は穏やかで時として弱々しく、また万物を育成する母性的なものとみなされる。…(中略)寒い夜空にこうこうと輝き冴えわたる月は、強い男性的なものと写ったに違いない。
したがってドイツ語では太陽は女性名詞で月は男性名詞となる。」
なるほど、
ドイツの北緯の高さも考慮にいれなければいけないのか
日本でも、何か似たような事柄があったような…
そうだ!漢字!
奴、好、如、妃、奸、妄、妊、妙、妥、妨
妓、妖、妹、妻、始、委、姉、妬、姓、姑
なぜ「女」がつくのか説明できるものもあれば
辞書をひかなければその由来が説明できないものもたくさんある
「男」がつく漢字を並べてみようかと思ったけれど
男はそもそも「田づくり」の下の「力」だったので
おとこへん、という漢字は存在しなかった
「嬲る」の部首は「女」だった
すごい漢字だな
でも漢字を書くときに、別に「おんなへん」と意識して書いているわけでもない
ドイツ語の名詞の性別も、ドイツ人にとっては同じことなのかもしれない
私たちにとっては、ほかにも「さんずい」「きへん」「てへん」「ごんべん」「にんべん」
「くさかんむり」「うかんむり」「にくづき」「れっか」「しんにょう」などの使い分け
ドイツの子どもたちは、ドイツ語を覚えるときに
きっと聞いたままを真似して、無意識のうちに全部覚えていったんだなあ
日本の子どもたちも、ひたすらノートに書いて書いて書いて
ドイツの子どもたちも、日本の子どもたちも、えらいなあ
このあとは、語尾によって見分けられる性別
由来によって見分けられる性別
歴史上の単語の変化によって見分けられる性別
などの記載が続きますが
結局は、ごちゃごちゃ考えないで、丸覚えしたほうが早そうだ
という結論に至りました
人間の長い歴史の中で発展してきたひとつの言語、
2、3ヶ月勉強しただけでは、全貌がわかるのはまだまだ先
以上、ちょっと道草をくいましたが
なかなか有意義な道草でした
学生時代には本当にお世話になった
NHKラジオ語学講座からしばらく遠ざかっているうちに
語学講座がらみでは、ここ数年は変化・変遷の年だったらしい
本屋さんのNHKテキストコーナーをちょっと眺めると
場所を占有している割合が一番多いのは、英語
中学生向けや社会人向け、最近は題材をとりあげてのトピック英語、小学生向けの英語
NHKのラジオ講座は、必要を感じて語学学習を始めた人の
ペースメーカー的な存在であるらしい
毎日決まった時間に、決まった分量の外国語を耳にする
ほんのちょっとずつの積み重ねが、継続することによって雨水のように力が貯まっていく
本屋さんですぐに目につく変化は、英語の次にどっさり積み上げられているNHKテキストが
韓国語講座(ハングル語)であるということ
次に多いのが、中国語
理由は、韓流ドラマ人気や、中国のビジネス市場の成長、かな
(注:ハングルは朝鮮半島で使用される文字のことで、ハングル語という言葉は実際には存在しない)
ラジオ番組というものはテレビのように視聴率を調べることが難しいらしい
番組の聴取率を計る指針は、リスナーからの手紙、葉書の量
語学講座のようにテキストがあれば、テキストの販売量
NHK第2放送での各語学講座は、リスナーが一番聞きやすい時間帯に人気講座が割り振られる
リスナーのライフスタイルの変化にともなって、2008年度からNHKが放送時間帯を大幅に変更
放送のメイン時間帯を夜に変更し、6:30pm~10:30pmまでが、主流の英語講座の放送にあてられた
その放送時間帯変更にともなって、英語以外の語学講座がちょっとした選択をせまられた
独・仏・伊・西・中・韓・露の7ヶ国語
2007年度まで月~土曜日、各日20分ずつ週120分の放送時間があったのだが
2008年度からの番組編成では月~金曜日まで、各日15分ずつ週75分のみ、割り当てられることになった
他言語学習者にとって週45分の接触量の削減、年間にして約40時間の減
この差は大きい
この番組編成の構想を聞いて、各語学学会が怒った
2007年4月5日、イタリア学会、韓国・朝鮮文化研究会、中国語教育学会、朝鮮語研究会、日本イスパニヤ学会、日本中国学会、日本中国語学会、日本独文学会 、ドイツ語教育部会、日本フランス語教育学会、日本フランス語フランス文学会、日本ロシア文学会、日本ロマンス語学会
各学会会長が連名でNHKに要望書を提出
その後、各学会代表者9名と、NHK会長が会見を持つに至った
要望書には、胸が熱くなった
日本には、こういう方々が厳然といらっしゃって
ただ安穏とラジオのスイッチを押すだけの私のようなものを、庇護していて下さるのだ
この会見の結果、NHK側が改善策を申し入れた
時間帯編成にあたっての、月~金15分枠はそのままで移行させていただくが
そのかわり別時間帯で、月~土20分枠を新たに各外国語に割り当てる
その新たな枠は、アンコール枠で
過去、好評だった放送の再放送にあてる、というもの
かくして、各語学学会の働きかけにより、今年度の英語以外の他言語学習者は
15分×5日間=75分に加え、20分×6日間=120分、一週につき合計195分という接触量を獲得するに至った
年間にして、約66時間の増
40時間もの時間を、知らずに失っていたはずだったのに
学会の方々のご尽力で、より多くのものを私たちは得ることとなった
さて、私が5月から学び始めたドイツ語
ドイツ語講座のアンコール枠は昼12:40~13:00までと
会社員にはなかなか聞きづらい放送時間帯なのだけれど
この講座が、魅力たっぷりの講座で、テキストを見ているだけで涎が垂れる
月・火…日本語で書かれた小説や物語をドイツ語に翻訳する講座
「いやいやえん」「注文の多い料理店」「因幡の白うさぎ」など
水・木…「読んで味わうドイツ語」
カフカ、ハイネ、ヘッセ、トーマス・マンなどの文学や手記
金・土…「歌で味わうドイツ語」
ドイツの民謡、童謡、クラシック音楽、ミュージカル音楽など
歌詞付き、楽譜付きで
「応用編」と名がついている以上、私のようなへっぽこ初学者など歯がたたない代物なのだけれど
そこは、「上級編」というタイトルではないから、と甘えさせていただいて
どうにかこうにか講座の録音の手段を講じて
帰宅後、テキストを開いて、耳を傾けることにしてみた
昔、学生時代に受けた恩師の授業のようで、懐かしくて、あたたかい
語られる世界に非常に深みがあって、教授は自分の中にあるものを語ることを楽しんでいる感じ
語られている私たちは、実体験も知識もともなわないので、教授がどんなに深い造詣をお持ちなのかわからないでいて
ただ、聞いているだけに徹する、という
でも、講座を聴いていると、不思議と口の端が上がってしまうのだ
なんともいえず、楽しい時間
まだ学習を初めて2ヶ月とちょっとしか経っていないけれど
この世界に飛び込んでみたら、新しい動機が次から次へと湧き上がってきて
しばらくは、続けていけそうです
各語学学会会長様、大切な、ラジオ講座の時間をありがとうございます
日本の片隅で、テキスト片手に胸をわくわくさせながら
来週もがんばります
5月1日からドイツ語学習を始めた
外国語教材を選ぶときは迷わずNHKラジオ講座を選ぶ
テキストが安価で、文法配列と用例が適切で、解説はその筋のオーソリティー
耳で言葉を聞き、目で文字を追い、口を動かす
これを無心にこなしている時、何かの化学物質がじわーと体中を巡る
週3回、講座が始まる2分前に目覚ましをセットして
起きたら顔を洗ってテキストを持って、寝室から一番遠い部屋まで通う(徒歩20歩くらい)
で、ソファに座ってラジオのスイッチをぽちっと入れる
ラジオの置いてある部屋まで嬉々として先導し
講座中もソファ後ろの窓に陣取って、満足そうな顔で飼い主を見守っている
自分が好きな分野で、動機が続くもの、
というと私の場合、言語になるので
児童文学とはいえ、文学に触れていると
結果的にドイツ語の文献に行きつくことが多かった
ドイツ語には、文学と芸術の香りがただよう
役に立たないけど、何だかロマンティック
それを習おうと思った時に習えるなんて、大人の贅沢かも
次は目標の設定
数ヶ月単位での努力目標は?
通過点での実力測定は?
目標がうやむやになった時、簡単に挫折する
学習中止にリスクをともなうほうが、継続できる
と、以前、友人に教わった
ゴール:
(何年かかってもいいので、これができるようになりたい、というゴール)
・ 「みつばちマーヤの冒険
」を原書で読んで理解できるようになる・ 「ハイジ(LibriVox ドイツ語版)
」を耳で聞いて理解できるようになる・ ヘルマン・ヘッセ「デミアン」を原書で開いてみる
・ 入門編の講座が終わる9月に「歌の翼にのせて」を自分で和訳する
・ 2008年11月23日に「独語検定」を受けてみる(級未定)
半期ごと(9月・4月)に目標は設定しなおすとして
まずは、事始
昔、スペイン語を専攻していた時期があった
その当時はいもづる式に多くの南米人と交流があって
チリ・ペルー・コロンビア・ウルグアイ・パラグアイ・ボリビアと
世界地図の一部分が鮮やかに認識できた頃
皆、スペイン語を話していた
スペイン語は発音上、日本語と多くの類似点があって
発音が難しいと感じる子音がなかった
かえって長年習ってきた英語との相違点が、つくづく新鮮だった
英語では「L」「M」「N」の3文字が
「エレ(L)」「エリェまたはエジェ(LL)」「エメ(M)」「エネ(N)」「エニェ(Nの上に~)」の5種類に分かれるなどアルファベットが26文字ではなく30文字あった(ユーロ貨幣統一後、辞書表記は27文字になったそう)
それから1つ1つの単語に男性名詞・女性名詞の区別があって、定冠詞のelかlaを選ばなくてはいけなかった
また、英語の複数形は名詞にsをつけるだけでよかったのだけれど
スペイン語は文の最初が複数形だと、その後の定冠詞も形容詞も名詞もすべて複数形のsをつけなければいけなかった
「えええっ。名詞いっこずつ男性か女性かとか覚えなくちゃいけないの?」
「えええっ。名詞にsをつけるだけでも精一杯なのに、形容詞にもつけないといけないの?」
と一時期パニくったが
言語というものは「無心になってひたすら真似をする」ことが一番の近道のようで
耳にしたものを何回も口にしたことで、だんだん身についていった
あの頃、アルゼンチンの作家・マヌエル・ブイグ作の「蜘蛛女のキス」が
原文で読みたくて、チリ人の友人の家に3ヶ月泊り込んで
辞書を引いたり、わからない活用を教えてもらったりして読み進めた
たしか、ウィリアム・ハート主演の同名の映画の印象が強烈でどうしても読みたくなったのだと思う
この「原文読みたい病」は今でも持病みたいなもの
先日、本屋にふらりと立ち寄ったら「梅雨に読みたい本のフェアー」をやっていた
akabekoさんが先日紹介していたフリオ・リャマサーレスの「黄色い雨」が平積みになっていたので早速購入してみた
“La lluvia amarilla” (ラ・ジュビア・アマリージャ)
なつかしいこの女性名詞の活用!
神戸外国語大学学長の木村榮一さんの翻訳
淡々とした語り口の、散文詩のようなスペイン文学で
日本語の文字を目で追っていながらスペイン語が聞こえてくるようだった
内容は胸が苦しくなるほど鮮烈
翻訳者の木村榮一さんの「あとがき」がまた素晴らしかった
akabekoさんも訳者としての木村さんが大好きだと言っていたので
ついつい気になってご本人の追跡をしてみた
というか、神戸外国語大学のウェブサイトを訪れてみただけなのだけれど
学長挨拶のページで、以下の詩を紹介されていた (以下、引用)
「だれにも見えない馬を
ぼくは空き地に飼っている
ときどき手綱をにぎって
十二世紀の禅坊主に逢いにゆく」 ~大岡信~
馬とは書物のこと
時間だけでなく空間も旅したいと思うなら
外国語という馬具を身につけるといいですよ
と書かれていた
木村榮一さんご自身が書かれている「本の紹介ページ」は楽しくて
翻訳考、カズオ・イシグロやプイグの紹介など
たいへん興味深かった
会社を辞めて木村先生のとこに弟子入りしようかと本気で考えた
幅広い読書をされるakabekoさんにも感謝!
久々にラテンの血が騒ぎました
ここにあるのは「小学校漢字読み書き字典」という本
6才から私の愛読書
今日は何も考えずただただ写字
ではスタート
小学校1年生のかんじ(80字)
一二三四五六七八九十百千日月火水木金土左右上下大中小目耳口手足人子女男先生学校赤青白正早山川林森田竹草花犬貝虫天空気夕雨村町石車音本字文力名年入出立見休円王玉糸
かわいいな
小学校1年の漢字はかわいくて大好き
次に行ってみましょう
小学校2年生の漢字(2倍に増えて160字)
刀万丸弓工才今元公内切分午友太少引心戸方止毛父牛兄冬北半古台外市広母用矢交会光合同回地多寺当毎池考米羽肉自色行西何作体図声売弟形近来汽社角言谷走里麦京国夜姉妹岩店明東歩画直知長門前南室後茶思春星昼海活点科秋計風食首原夏家帰弱通時書紙記馬高強週教理細組船野雪魚鳥黄黒場道晴朝番答絵買間雲園遠数新楽話電歌算聞語読鳴線親頭曜顔
「汽」という漢字はいつまで2年生の教育漢字なのでしょう
30年前から不思議に思っていたけれど、形がかわいいから許す
さっ、集中集中!
小学校3年生の漢字(200字)
丁予化区反世主仕他代写去号央平打氷申由皮皿礼両全列向安守州式曲有次死羊血住助医君坂対局役返投決究豆身事使具取受味命和委始実定岸幸苦所放昔服板泳注波油物者育表乗係品客屋度待送追急指持拾昭柱洋炭界畑発県相研神秒級美負重面倍勉員宮島庫庭荷速院息旅根消流病真起酒配動商問宿帳進都部悪族深球祭章第笛終習転勝寒葉落運遊階陽悲暑期植温湖港湯登短童等筆着軽開集飲歯意感想暗業漢福詩路農鉄様緑棟銀駅鼻横箱談調薬整橋館題
「皿」と「血」は好きだったな。「美」は難しかった。横棒が何本あるのか段々解らなくなって5、6本書いたかな
あとで調べたらほんとに羊が大きいという意味だった
さて、疲れてきました
次に小学校4年生の漢字(200字)
士不夫欠氏以付令加功包司史失辺必札末未民争仲伝兆共印各好成灯老衣位低児兵冷初別利努労告囲完希芸折改材束求臣良例典刷協卒参周固季官底府径英芽念果松毒泣治法牧的信便勇型変建単昨栄浅省祝紀約胃要軍飛候借倉孫害差席帯徒連郡挙料案梅残殺浴特笑粉脈航訓停健側副唱堂康得菜陸巣救敗望械清産票貨博喜達隊散景最極満焼然無給結街覚象貯費量順飯働塩愛戦照節続置腸試辞察旗歴漁種管説関静億器選標熱課賞輪養機積録観類験鏡願競議
あんまり面白い漢字がないな
4年生になるともう形容詞とか美とか無視で勉強色が強い
おらー、覚えんか!という感じ
あ、愛があった。愛が。
首が痛くなってきました
次に小学校5年生の漢字(185字)
久仏支比刊可句圧布弁旧永犯示仮件任再因団在舌似余判均序防応志快技条災状価舎券制効妻居往述性承招易枝武河版肥非保則厚逆退迷限故政査独祖個修俵容師造恩桜格留益破素耕能財務基婦寄常張険情採授接断液混率現略眼移経術規許設責貧備営報富属復過提検減測税程絶統証評賀貸貿勢墓夢幹損準禁罪義群解豊資鉱預飼像境増徳適際慣態構演精総綿製複酸銭銅雑領導敵暴潔確編賛質燃築興衛輸績講謝織職額識護
「永」はっけん
3年生に「泳」がありましたが、そこんとこはどうなんでしょう
終始無言でやってまいりましたが
最後に小学校6年生の漢字(181字)
亡寸己干仁収尺片冊処幼庁穴危吸后存宇宅机灰至乱卵否困孝忘我批私系並乳供刻呼垂宗宙宝届延若忠拡担拝枚沿巻城奏姿宣専律映染段泉洗派皇看砂紅背肺革値俳党射将展座従降除陛朗株班秘純納胸蚕討針骨域密著郷郵捨推探欲済異盛窓翌脳視訪訳閉頂割創勤善尊就揮敬晩棒痛筋策衆裁装補詞尊傷幕蒸暖源盟絹署聖腹裏誠賃層障暮模疑磁穀誤誌認閣劇蔵遺権潮熟諸誕論奮憲操樹激糖縦鋼優厳縮覧簡臨難臓警
割と壮大です
「宇」「宙」が入ったり「閣」「郵」「警」みたいな抽象的だけど国家権力を彷彿させる漢字が並んでいます
実は漢字読み書き字典が
どのように素晴らしい字典かを語る記事を書こうと思っていたのですが
ちょっと息が上がってきました
というわけでこの続きはまた今度
…ばったり
ジュリアス・シーザー・ヤコブ?
偽名だ。ぜったい偽名だ。
という私の疑念のもと
70歳のこのユダヤ人のおじいちゃんに日本語を教えることになったのは
15年も前のカナダでの出来事
ユダヤ人の歴史や背景については
決して詳しくはないのだけれど
知人にユダヤ人が何人かいて
揃いもそろって絵に描いたように頑固で
プライドは崖の上にそびえたっている
ジュリアス・シーザーは、古代ローマの偉い人
旧約聖書ではユダヤ人は皆ヤコブの子孫であるという
ある日私の勤務先を訪れた
ジュリアス・シーザー・ヤコブ爺さんは
眼鏡の奥でユダヤ人独特の目をぎらぎら輝かせて
日本語を学びたいと思った動機をこう語った
「私はね、ヨーロッパのすべての言語が理解できるんだ。
ブルガリア語もハンガリー語もギリシャ語も全てだ。
だがね、日本語というものを最近よく耳にするのだが
まったく理解できないのだよ。それがたいへん耳障りなんだ。
イライラするんだよ。なぜこの私が理解できない言語があるのだ!」
そう言った次の瞬間、ジュリアス・シーザー・ヤコブ爺さんは
事務所の電話の受話器をとって誰かに電話をかけ始めた
私が同僚と顔を見合わせて唖然としている間も
ジュリアス・シーザー・ヤコブ爺さんは延々と電話を続けた
やがて電話を切ってこう言った
「どうかね?私のブルガリア語は?」
こうしてジュリアス・シーザー・ヤコブ爺さんに
日本語初級コースを教えることになった
ジュリアス・シーザー・ヤコブ爺さんは
Wの文字を見ると「ヴァ」と発音する
ドイツ語系の訛りの持ち主
レッスン1の「わたし」と「あなた」でつまづいた
「WATASHI WA SEITO DESU.」 -I am a student.
ヴぁたしヴぁ、せいとです。
ジュリアスさん、日本語では「WA」は「わ」と読みますよ。
もう一度読んでみましょう。
WAは「わ」なのだね、わかったとも。やってみよう。
わたしヴぁ、せいとです。
「わたし」のあとの「WA」も「わ」と読みますよ。
もう一度読んでみましょう。
わたしのあとの「WA」も「わ」なのだな、わかったとも。やってみよう。
ヴぁたしわ、せいとです。
と、このようにレッスンは進んでいった。
とにかくやんちゃでやんちゃで
カレンダーの読み方を「ついたち」「ふつか」「みっか」と教えたら
「この無駄な活用はなんのためにあるのだ?
カレンダーを読む時以外にこの単語は使うのか?
ヨーロッパの言語ではこのような理不尽な活用はしない!
私は日本語で日付の活用を覚えることを永久に放棄する!」
と叫び
それでも私が「ビジネスで予定の交渉ができないと困りますよね」
と説得したら
しぶしぶ覚え始めた
「ふつか、フツカ、フッツサカー、Foot Soccer,
よし。ふつかはFoot Soccerと憶えれば簡単だ。ふつか、みっか。
Foot Soccerは、それで何日のことだったかな?」
などなど、今思い出しても漫才のようだ
ジュリアス・シーザー・ヤコブ爺さんは
レッスン毎にプレゼントを抱えてやってきた
あるときはチョコレート、あるときは造花のアレンジメントバスケット
あるときはカナダの水鳥のプリントTシャツ
そうして20回の初級コースが終了し
ジュリアス・シーザー・ヤコブ爺さんは
日本語という言語の存在を自分の中に許し
教室から去っていった
15年経って
我が家のタンスの引出しを開けると
ジュリアス・シーザー・ヤコブ爺さんがくれた
カナダのプリントTシャツがぴょこんと顔を出す
頑固で我が強くて
納得できないことには駄々をこねて大暴れして
でもプレゼントを持って教室に入ってくる時は嬉しそうだった
いつのまにか
人のタンスの中にいつまでも存在してしまうような
そんなおじいちゃんだったのだ
そしてカナダのプリントTシャツは
何回着まわして、何回洗濯機でまわそうとも
丈夫でへこたれず
今年の夏も、元気に我が家のベランダで風にはためくだろう
ヨーロッパや北米出身の人に
「1年は何週間?」と聞くと即答される
「52週。トランプの枚数と一緒なんだ。」
日本人に同じ質問をすると365を7で割って計算を始める
「あなたは何曜日生まれですか?」
と聞かれて答えられる人は少ない
お母さんなら子どもが生まれた曜日を
憶えている人が多いかもしれない
「月曜日生まれの子ども」という英語の詩がある
昔「サバス・カフェ」という漫画の中で紹介されて
ずっと印象に残っていた
サバス(Sabbath)というのは安息日のことで
英語圏では日曜日のこと
Monday's Child
Monday's child is fair of face,
Tuesday's child is full of grace.
Wednesday's child is full of woe.
Thursday's child has far to go.
Friday's child is loving and giving.
Saturday's child works hard for its living.
And a child that's born on the Sabbath day
Is blithe and bonny and good and gay.
月曜日に生まれた子は器量がいい
火曜日に生まれた子は品がいい
水曜日に生まれた子はべそっかき
木曜日に生まれた子は遠くへ行き
金曜日に生まれた子は愛情豊かで
土曜日に生まれた子は働き者
安息日に生まれた子は可愛くて明るくて気立てがいい
ところで
この訳詩は日本のよい子たちのために
大変前向きに訳されている
昔からある英語の詩が
こんなに明るい意味のはずがない
英語の曜日というのは
そもそも神の名前に由来しているものだ
この詩もその神々の性格を引用しているのではないか
MondayのMonはMoonでありManiであるゲルマンの月の神
TuesdayのTueは古期英語のTwisでありローマの軍神Mars(マルス)のこと
WednesdayのWednesは中期英語でWoden/北欧神話のOden(オーディン)戦争と知識の神のこと
ThursdayのThursはスカンジナビアのThorであり英語ではThunderで、雷の神のこと
FridayのFriは、北欧神話のFreyjaであり美の女神Venusのこと
SaturdayはSaturはSaturn=サタン??
と思っていたら、農耕神サトゥルヌスSaturnusのことでした
だから、こういうのはどうだろう
月曜日の神の子は、月のような白い肌を持ち
火曜日の神の子は、軍神のような気品を湛え
水曜日の神の子は、悲哀に満ちたこの世を嘆き
木曜日の神の子は、雷のように遠く轟き
金曜日の神の子は、美と愛を与え
土曜日の神の子は、糧を得るためにせっせと働く
安息日に生まれた子は、とにかく陽気
(あくまで私の解釈ということで)
(ちょっと直しました)
単語は日々よく使うものこそ
大きくその形をかえていく
英語の曜日の単語もローマや北欧やゲルマン民族に
征服されてきた歴史が今でも伺えるところが面白い
この生まれ曜日の詩は、英語圏の人のために存在しているものだが
英語圏の多くの人達が
この詩の存在を忘れ去っていることも趣深い
ここからは参考文献:
自分の生まれ曜日をどのようにして知ったらよいのかというと
ツェラーの公式という有名な関数があるそうだ
Zeller's congruence:
[(年+[年/4]-[年/100]+[年/400]+[2.6月+1.6]+日)/7]
1月は13、2月は14で計算し、求めた値が0なら日曜、1なら月曜となる、というもの
計算にロマンを感じない方はこちら
恋人はMoon Child
私は、生きるために働きます
子どもの頃、シンシアって子がいてね
その子は石を集めるのが好きだったんだ
いっつも、いっつも地面を掘ってた
ぼくはそれが不思議でね
地面を掘ってるその子のそばで
どうして石が好きなの
どうして地面を掘るのって
いっつも、いっつも聞いてたんだ
大きくなってね、
シンシアは地質学者になったんだ
ぼくは心理学者になった
と、エルビスという笑いを誘う名前の
イギリス人が話してくれた
子どもの頃
友達と2人で「言語」を作りかけたことがある
「ぱぴぷぺぽ」の5文字だけですべての言葉を作ろう、と
「えんぴつ」は「ぴぴぷ」
「けしごむ」は「ぽぱ」など
名付けて「ぱぴぷ語」
ぱぴぷ語は、友達と暗号のように使った
忘れないように、ひとつひとつ対照表を作っていった
単語が色の名前に到達した頃、全部覚えきれなくなってやめた
ランドセルをしょって学校からの帰り道
友達に聞いたことがある
私たちはさあ、日本語って日本語のまま意味がわかるじゃない
英語を話してる人たちは英語は英語のまま意味がわかるんだよね
日本人が英語を英語のまま理解することって一生できないのかなあ
友達はうんうんそうだねえと言ってくれたが
その時、2人で答えを見つけ出すことはできなかった
大人になって私は語学関係に職を得た
子どもの頃の疑問には、自分で答えを見つけた
大人になって変わったことは
手段を手に入れたこと
こんなに年を重ねても
小学生の私と今の私は同じ人間なんだなあと思う
言語が発展する道のりは音声言語から文字言語
近くにいる人に自分の気持ちを伝えるため、音声言語が発達し
やがて遠くにいる人に伝えるための文字言語が生まれた
私にドイツ語を教えてくれた恩師は
第二次世界大戦中のシベリア抑留で
捕虜としてロシアの牢屋で5年の歳月を過ごした
部屋には一緒に放り込まれたドイツ人
恩師はあまりにも孤独で退屈だったので
紙もペンもないところで
そのドイツ人からドイツ語を教わった
2人とも共通の言語は持っていなかった
最初の言葉は「わたし」と「あなた」
それから体についている部分の名前
それから数、それから方向
それから思いつく限りのすべてのもの
言葉を覚えることだけが唯一の娯楽だった
教えてもらった単語を反芻する時間はたっぷりあった
何より言葉を発していなければ人間であることを忘れてしまいそうだったのだろう
帰国後、覚えた単語を思い出す時は、寒さや空腹まで思い出しただろうか
恩師はドイツ語を教授する時も
この文法がこう、この活用がこうなどという説明はしなかった
ただウムラウト(ドイツ語独特の母音)には口やかましかった
「君はウムラウトがまだわかっていないようだな。
やってごらん、こういう音だ。」
と、単純に発音を繰り返し、何度もモデルを見せる
恩師のウムラウトは美しかった
ドイツというよりはロシアの風の薫りがした
世の中には少数民族言語というものがある
言語として発達してきたが
話者が少ないため21世紀末には
絶滅してしまうだろうという言語
動物もそうだが
言語の絶滅とは、大変胸が痛い
しかも近くにいる人に伝達するだけで良かったため
文字を持たなかった小数民族言語というのもある
文字を持たなかったのか!それで話者がほんの500人!
それは、為すすべがないかも…
と、そのニュースを聞いて一人おろおろした
言語は宇宙だ
1つの言語で、ほとんどすべてのものが表現できる
せめて今自分が知っている言語でいろいろなものを伝えていこう
色々なものを記録しよう
表現できることに感謝しよう